山河童

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 ざっざっ……と地面を踏みしめる二人分の微かな足音だけが川の流れる音に溶けていく。  いつまでも続いているように感じる無数の足跡が徐々に森へと近づいている。足跡を追えば自分たちも同じように森へと近づいており、犯人は森へと消えていったのだろうと予想できる。  すると突然、数十メートル先に何かの影が見えてきた。  一体何者がそこにいるのだろうか。好奇心に負けた畠中はこちらの存在に気づかれることも忘れて明かりをそちらへ向けてしまった。  そこにいたのは、グールのような悪鬼のような、やせ細ってはいるものの腹だけ異様にでっぷりと出ている醜い存在の集団だった。大きさは少し大きい猿程度だろうか。  神の気遣いだろうか、はたまた嫌がらせだろうか。畠中たちに対してぴゅうっと静かに、でも周りの草木をざわつかせる程の向かい風が一つ吹いた。それに乗っかってやって来たのは鼻の奥を突くような酷い悪臭。あまりの臭いに二人は鼻を手で覆う。ショウコに至っては小さく咳き込んでいた。  この吐き気を催す程の悪臭に畠中は確信した。村を荒らしたのはこいつらだと。  毛が一切なく、シワシワな皮膚を露にした猿。小太り、というより腹だけでっぷりと出た体型。そして何より、とんでもない悪臭を放つ体臭。  今まで聞いてきた特徴が畠中の脳内でパチパチとパズルのピースのように嵌っていき、最終的には一枚の絵が出来上がる。出来上がった瞬間、畠中の中でのテンションが天元突破した。 「(間違いない、あれらはヒラサカ村に伝わる”山河童(かっぱ)”だ──!)」  ヒラサカ村限定の姿とは言え、日本の古くから伝わる妖怪に畠中は今までにないレベルでの興奮を見せている。  しかしその興奮の裏側に何か引っかかりも覚えていた。いつぞやの神社裏の巨大岩から入場した白黒に塗りつぶされたヒラサカ村のような場所で出会った黄泉醜女もどきとは違う存在のはずなのに、何故か似た何かを感じている。ふと、その理由のよくわからない胸の中の引っかかりに一瞬意識を向けるも、今はそんなことより目の前の生の妖怪だ。畠中は胸に覚えた引っかかりからすぐに目を背けた。  畠中の興奮は空気を振動して伝わってしまったのか、はたまた単純に懐中電灯の光に気づいただけなのか。  山河童と思しき集団は一斉に畠中とショウコの二人組へと振り向いたかと思えば、蜘蛛の子散るように数体は勢いよく川の中へと逃げ込み、残りは真っ直ぐ森の方へと消えていった。  あっ、と思った瞬間にはあの不気味な静寂が舞い戻っていた。しかし畠中とショウコの網膜にはあの醜い山河童がしっかりと焼き付いており、何より鼻を未だに刺激している何とも形容し難い汚臭が現実であったことを証明している。 「……ショウコさん、どうします?」  山河童が逃げていった森の方角へ光を当てる畠中に、ショウコは眉間に薄くシワを刻みながら横の巨人を見上げた。 「どうするって?」 「追いかけます?山河童」  ちらりと畠中は頭一つ分も二つ分も下にある乙女の旋毛を見やるも、こちらを見上げている彼女の顔は「何を言っているのせんせー」と語っていた。 「追いかけるに決まってるじゃん」 「おや、怖がっていた割にはその辺は進取果敢なんですね」 「しん……?」 「意気込みがあって積極的で、決断力や実行力に優れていて勢いがあることです」 「あーなるほど……それとこれとは別!あたしたちは犯人を捕らえに来たんだから逃げるなんてことしないよ!それにせんせーこそカッパを追いかけたいんじゃないの?」 「おや、バレていましたか」  バレたという割にはどこか楽しそうにしている畠中。その感情は学者としてのそれなのか、それとも消えていなかった少年心がそうさせているのか。言えることは、ショウコも畠中も折り返して帰るなんて選択肢はないということだ。 「ではこのまま、また追いかけましょうか」  森の狭い範囲を照らしていた懐中電灯を再び数十センチ前の地面を照らす。そして途絶える様子の無い足跡を照らしながら二人は歩みを再開していった。
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