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見えない存在は相当せっかちなようで、これ以上は畠中の足は回転しないという限界を無視して引っ張る力を強めていく。このままではその力に耐えられず畠中は転びそうだが、不思議な守りが働いているため転ぶことは一切ない。
その甲斐あってか、苦労して追いかけていた目標が段々と見えてくる。
あまりの臭いの酷さに顔をこれ以上なく青く染めた、俵担ぎされたショウコが畠中の姿を捉えると、彼女は必死にもがきそして叫んだ。
「せんせー!」
しかしどんなにもがいても離す様子が一切ない山河童。離れることは無理だと察したショウコは必死に腕を伸ばす。見えない存在に引っ張られているおかげで畠中は着実に標的へと近づいており、ついには彼女の伸ばされた手をがっしり掴むことに成功した。後は力強くショウコを引っ張るだけ。だがショウコを担いでいるのは百人中百人が納得する人外。畠中の加減した力ではそう簡単にショウコを引き渡すつもりなんざさらさらないのが手に取ってわかった。一体あの小さな体にどれだけの力を秘めているのだろうか。
どうにかしてこの乙女を異臭空間から離れさせようと、臭いに吐きそうになりながらも畠中は脳裏にあるワンシーンが流れた。
ショウコの弟、ナギを救出する時に現れた、謎の黒い腕たち。あの時は子供を救わなければと無我夢中で、自分でも驚くほどの力を発揮していた。今もショウコを救わなければというピンチな状況。もしかしたらという想いに、畠中はまるで綱引きのように目一杯ショウコを引っ張った。
「痛っ、いだだだだだっ!せんせーイタイ!痛いってば!」
肩がもげるのではないかという痛みに思わず大声で叫ぶショウコだが、畠中はそんなのお構いなしに全身全霊で引っ張る。それが幸いしたのか、山河童が若干畠中の方へと足を滑らせた。それを一瞬も見逃さなかった畠中は、その隙を狙って一気にショウコを引き込む。さらに足を滑らせて畠中の方へと近づくも、それでも手放すつもりが一切ない頑固な山河童。畠中の耳元でショウコが痛みに叫んでいる。
山河童のあまりの強情さに痺れを切らした畠中は、懐中電灯を一度地面へ落とす。そしてその大きな手で化け物の頭を鷲掴みにすれば、そのままこれでもかと相手の頭を押し返した。手のひらが山河童の脂汚れでぬめるも、今はそんなことを気にする状況ではない。もちろんその間もショウコを引っ張り込むことも忘れない。
しかしこれでは腕の長さが足りず、押す力が弱い。畠中は一度ショウコを手放すもそれは一瞬で、器用にすぐショウコを脇に抱えるような体勢を取る。おかげで一段と山河童へと近づけた畠中は先程以上に押し返す力を強めた。
歯を食いしばって、まるで地面に埋まった大きな大根を引き抜くように。
──ミシッ、ミシミシミシッ。
それはまるで木が根元から折れる時に聞こえるような音だった。
畠中がようやくその音の発信源を捉えるも、時すでに遅し。山河童の腕、正確には肩がバキョッともげたのだ。
畠中は思わずその光景に目を点にする。血がとめどなく吹き出る様子もなく、肉や骨が見える訳ではない。まるで木の枝を力いっぱい折った感覚だった。しかし山河童は痛がる様子もなく、叫びも何もしない。それどころか、腕がもげたことにも気づいていないのではないだろうか。山河童は何も無かったかのように、そのまま逃げていった。
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