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最初訪れた四方家とは別に、むしろその四方家から道一本挟んだ向こう側にある他の民家と比べたら比較的新しめの日本家屋へと連れてこられた畠中。
元気よくただいまーと声を張り上げるショウコに急かされるような形で引っ張られ、もたつきながらも靴を脱いで土間を上がれば、そのままグイグイと引っ張られあれよあれよと気が付けば家の中ほどまで連れてこられた。
「お母さーん、客間使うよー」
襖の間に顔を覗かせたショウコは、一言そう言葉をかけると中からどことなく反論したいような返事が返ってくる。しかしそんなのに聞く耳なんて持たないと言わんばかりにショウコは畠中の大きな手を引いて、襖の更に先へと進んでいく。
一晩だけとは言え、一応泊めさせてもらう身となった畠中は家主に一言お礼の言葉でも伝えねばと、引かれながらも十五センチ程開かれた襖の中をチラッと覗く。
そこはこの家の居間らしく、生活感がにじみ出ていた。そして中にはショウコのご両親と思わしき夫婦が寛いでいた。しかし、夫婦が畠中の存在を認識した途端、鋭い目で睨んできた。ああやっぱり、俺は歓迎されていないんだな、とショウコの好意に癒された心が再び傷ついた。
「(というより、本当にお孫さんは了承を得ているのか?あそこまであからさまな態度を取られると、むしろお孫さんがゴリ押ししたとしか思えないんだが……)」
ショウコに多少なりとも不信感を抱く畠中だったが、お得意の考え込みによってより一層不信感が募る前に、一枚の襖が目の前にそびえ立っていた。
「はい、ここが今日ちーちゃんが泊るお部屋でーす!」
「だからその呼び方はやめてください」
じゃーん!と効果音を付けてスラっと開かれた襖のその先は、至って普通の和室だった。
「ささっ、中へ入った入った」
「わかった、わかりましたから背中を押さないでください」
手を引かれていた時と同じ力でグイグイと背中を押され、思わずよろけながらも中へと通される畠中。
中に入ってまず目に入ったのは縁側。そしてその先の庭。庭には今時珍しく古ぼけた井戸があった。薄暗い獣道を通るかどうしようか悩んでいた時から更に日が陰っているせいか、何となくその井戸が不気味に見えた。そんな光景に畠中は自身の腕に鳥肌が立ったのを嫌でも感じ取ってしまう。
「(いや、何に恐れているんだ俺。昔の日本なら庭に井戸くらいあってもおかしくないだろ)」
「どったのちーちゃん?固まっちゃって」
「ああ……いえ、お気になさらず。それより少しお聞きしたいんですが」
「んー?何なにー?」
「……あちらの井戸は現在も使っているのでしょうか?」
恐る恐る庭先の井戸をさす畠中。そんな彼に大した疑問も持たずに、肩越しからその井戸を覗き込んだショウコは「ああ」と吐いてすぐ、あっけらかんと言葉を続けた。
「あれ、枯れてるみたいだから使えないよー。使いたいなら普通に洗面所使って。家族とバッティングするかもしれないから気まずいかもだけど……あ、因みに洗面所はここから右に曲がって真っ直ぐ進んで行き当たりを左へ曲がった所あるから」
「そうですか、ありがとうございます」
「あ!そうだ!朝とか家族が使ってなかったら言いに来るよ!」
「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」
フンスフンスと意気込むショウコを少し落ち着かせようとどうどうと宥める畠中。その間に自分が通された部屋がどんな場所なのかを把握しようと、辺りを見渡していた。
見た所、小さな部屋である。五畳、いや、四畳半と言ったところだろうか。縁側を背にしている彼の左手側には床の間と押入れがあり、部屋の真ん中には小さなちゃぶ台と座布団が置かれている。天井には昔ながらの、どこか昭和の香りがする照明器具がつり下がっており、屈むなりして気を付けないとぶつけてしまうなと畠中は他人事のように思っていた。そしてどことなく埃っぽい所からして、この部屋は普段あまり使われていないのだろうなと察する。先程ショウコが母に言っていた言葉を思い出しては、本当に来客事態が珍しいんだろうな、それ程までに外との交流をシャットアウトしていたんだろうなと考える。
お得意の思考に耽りかけていると、右側が一面壁であることに気づいた。この様な昔ながらな造りの家は田の字型の事が多い。部屋を襖で区切っており、襖で間取りを変えられるのが特徴的である。そうであるのならば、右側も襖になっていて隣の部屋と区切られているはずだ。なのに壁である。珍しい造りに畠中は聞かざるを得なかった。
「あの、四方さん」
「あ、それだとおじいちゃんとか家族と被って面倒くさいからショウコでいいよ」
「……ではショウコさん」
「んー?なーに?」
「隣、部屋ないんですか?」
右側に広がる壁を指させば、何言ってんだこいつと言わんばかりに首を傾げるショウコ。
「ないよ?」
「……そうですか、珍しいですね」
「そうかなー。あたしからしたら不思議でも何でもないけど……。縁側に出てわかると思うけど、この部屋だけ離れているんだよ」
「どうしてまた」
何か意味があるのだろうか。嫌な予感がモヤモヤと胸の中で広がり始めた畠中はまたまた聞かざるを得なかった。
「万が一の来客があった時用だったかな?ほら、この村宿舎無いし。外の人を毛嫌いしているけど、何があってやってくるかわからないから、こうして離れた所に客間を作る傾向があるとかないとか。基本的には自分たちと同じ空間に外の人がいるのを嫌がるからねー、できるだけ離れた所に作るんだよ」
「なるほど、今の私ですね」
「そう、今のちーちゃん」
「だから呼び方。……しかしそんなに毛嫌いしているのにどうして最近は友好的に?」
「うーん、どうしてだろ?何か心の変化でもあったのかもしれない」
「ショウコさんでもそこはわからないんですね」
「だってちーちゃん以外の来客って多分おじいちゃんが子供の頃かもっと前の話だし」
村長の四方さんが現在何歳なのかわからないが、畠中は自分が見た資料の年代を思い出しては何となく納得していた。確かにあの資料はかなり古かった記憶がある。もしかしたらあの資料がその時の来客だったのかもしれないと思えば、どれだけこの村が外界から閉ざされていたのかがよくわかった。道理で部屋の前の庭に古ぼけた井戸がある訳だ、昔の村人は水回りすらも外の人間と共有したくなかったんだなと畠中は一人勝手に納得した。
「まあここで話し込んでいても仕方ないし、あたしお夕飯持ってくるね」
「いえ、そこまでして頂かなくても」
「多分ちーちゃん食卓行っても気まずくなるだけだから」
「……そう、ですね。それではお願いします」
少し前の、ショウコのご両親に睨まれたことを思い出し、畠中はショウコの言葉に甘えることにした。
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