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歓迎されていないという割にはちゃんとした人間の食事の形をしていた夕飯を済ませた畠中は、先に風呂を済ませたらしいショウコから「今なら家族使ってないし居間に閉じこもってるからお風呂使えるよー」というありがたい伝言によって、旅路の疲れを癒してはホカホカと大きな体全体から湯気を立てて部屋へと戻ろうとしていた。
どこか昭和の香りがする懐かしい造りの風呂場だったなとか、やはりこの村独特の間取りとかあるのだろうかなど考えては、ムクムクと湧き上がる調査欲を必死に抑え込む。もしここで立ち止まって調べている最中にショウコ以外の四方家の誰かとバッティングしては非常にまずい。今はこうしてショウコのおかげで屋根の下に入れさせてもらっているも、今度こそ本当に外へ放り出されかねない。
こんな時でも調べたい、聞き取りしたいという気持ちに半分呆れながら畠中は家の端にある客間の襖をスッと開ける。
夕飯の時の食器はもちろん、ちゃぶ台も座布団も片付けられていて、四畳半あるかないかの小さい部屋の真ん中には布団が一組敷かれていた。まるで旅館みたいな対応だなとショウコに対して内心苦笑するも、その布団の上にいる人物に畠中は思わずピシリと固まった。
「あ、ちーちゃんおかえりー!」
寝間着を着込んだショウコが、自身の枕を抱えて布団の上に正座をしていた。
「あの……」
状況が読み込めず動けずにいた畠中だったが、どうにか声を絞り出す。放った一言はどこか震えていた。
「そこで何しているんですか……?」
「何ってちーちゃん待ってた」
目眩がしたのか、畠中はフラーっとその大きな体を傾けさせる。ここでバタンと倒れては大きな音を立ててご家族に迷惑をかけてしまうことになるので、ふんっ!と片足を踏み出して必死に止まった。
「ありゃ?ちーちゃんもしかして逆上せた?お湯熱かった?」
様子のおかしい畠中を心配してか、枕を抱えたまま立ち上がって駆け寄るショウコ。しかしそんな彼女の肩を、畠中は力いっぱい押さえた。
「若い女性が寝間着姿で男の部屋にいるものではありません」
「えー、いいじゃん。あたしただ村の外の話聞きたかっただけなのに」
「ではその枕は何ですか」
「寝落ちしてもいいように!」
元気よく答えるショウコに、今度は盛大にため息を吐いて、片手で自身の頭を押さえる畠中。
「私と同じ布団で寝るというのですか」
「え、うん」
「ダメです」
「えー、いいじゃん。布団大きいし」
「あのですね、私はあなたの兄でも、ましてや父でもないんですよ?他人同士の男女が一つの布団で寝るのは色々と問題です。社会的に死にます。私が」
「じゃああたしの布団も持ってくればいいの?」
「そういう問題じゃないです。そもそも女性が夜遅くに血の繋がってない男の部屋にいるもんではないのですよ。これで何か間違いが起きてしまって知れ渡ったら、何度も言いますけど社会的に死ぬんですよ。私が」
「じゃあバレなきゃいいんだ」
「だから!」
頑張って諭しているのに一歩も引かないショウコに珍しく鉄仮面が剥がれる畠中。その顔は完全に学者としての大人な対応をしている畠中ではなく、子供に振り回されているただのおじさんだ。
「例え犯人が俺じゃなかったとしてもあなたに何かあったら俺は九割九分の確率で村人に殺されんだよ、わかってくれ」
「おー、荒ぶるちーちゃんだ」
「もっと危機感を持ってくれ……。ほらもう夜遅いんだから良い子は寝た寝た!」
イライラを隠さずにショウコの体を前へ向かせてはそのまま背中をぐいぐいと力いっぱい押す。体格差もあってか、ショウコはされるがままに襖の方へと進まされるも、不満そうな顔で畠中の方へと振り向く。
「もー!あたしはあと数日で二十歳になるんだよ!子供じゃないんだよ!」
「尚更ダメだ。というかそう考えている時点でまだ子供だし、俺と一回りも年齢が違うんだから夜一緒の部屋にいるのはマズい」
「えー!外の話きーきーたーいー!」
「明日にでも簡単に話すから、今は自分の部屋に戻ってくれ」
「本当?!話してくれる?!」
「話す話す、だから今日はもう寝ろ」
「絶対だよ?!約束破ったらちーちゃんのカバンの中に蛙と蛇とナメクジ詰めるからね?!」
「地味にイヤな嫌がらせだな!」
外の話をするという約束を取り付けられて満足して意気揚々と部屋から出ていったショウコの背中を見送り、静かに襖を閉めては疲労から来るため息を盛大に吐き出した畠中。折角風呂で癒したというのにどうしてくれんだとブツブツ呟きながら中心に敷かれている布団へと戻る。
本当はここでパソコンを取り出して仕事をしたいところだが、正直現時点では纏められる内容はほぼ無いに等しいし、何か怪しい動きをすれば恐らく殺されるだろう。それか命を奪うまではしなくとも、何かしらの罰は喰らうのは確実だ。
そして何より、長旅だったこともあって畠中は今すぐ寝たい。こういう時は無理して起きて作業をするよりも大人しく寝た方がいいと畠中は経験上知っていた。無理して起きて作ったレポートや論文ほど、わけのわからない日本語になっていることが多い。自分で書いた暗号を自分で解くという悲しい経験を何回もしてきた。
それだけは避けたいと思った畠中は、大人しく寝ることにした。電気を消したらすぐ布団の中へと潜れるように、掛布団を捲っておく。
さて電気を消そうと、敷布団の上に立って天井からぶら下がっている照明器具の紐を掴んだ時だった。
目の前にある押入れの上の方に、何とも怪しいお札が貼ってあった。
どこからどう見ても、年代のあるお札である。まるで何かを封じているような——。
「(……よし!何も見なかったことにしよう!)」
畠中は押入れから目を背け、電気を消してはその大きな体のどこからそんなスピードが出るんだという速さで、眼鏡を外すのも忘れて布団の中へと潜っていった。
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