「おかえり」が待つ場所に

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「おかえり」が待つ場所に

「今日は楽しかったですね」  ウルフィニを挟んで丘を並び歩くスイセンが慈乃を見て言う。慈乃(しの)は夕陽の橙色に染め上げられたスイセンを目を細めて見つめると、頷きを返した。 「そうですね」  すると間にいたウルフィニが「ぼくも」と左右の慈乃とスイセンを見上げた。 「シノ姉とスイ兄とリル姉とテオ兄。いっしょにおでかけ、うれしかった」 「本当? じゃあ、またみんなで街に出かけようか」 「うん……!」  そんな会話を耳に入れながら、慈乃は道の先を見た。そこにいたメリルとテオは丘に敷かれた道を外れ、仲良く花園に向かうと花を指さしたり、何かを話し合っていたりしていた。さらに慈乃が左を向けば微笑むスイセンと目が合い、視線を下ろせば満足げな顔をしたウルフィニが目に入った。  日中の楽しかった思い出と目の前に広がる穏やかな光景を想い、慈乃は我知らず微笑を浮かべる。滅多に笑わない、否、笑えなかった慈乃が珍しく見せた笑みにスイセンは「あ」と小さな声をもらしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。 「どうかしましたか?」 「ええ。シノさんが笑ってくれたので」  スイセンに指摘されて初めて、慈乃は自身が頬を緩めていたことに気が付いた。面と向かって指摘されるのはなんだか恥ずかしくて、思わず両頬に手を添える。スイセンはくすくすと笑っていた。 「別に隠さなくてもいいじゃないですか。僕は好きですよ、シノさんの笑顔」  言い回しがウタセにそっくりだと思いながら、慈乃は向けられる視線から逃れるように前に向き直った。のんびり歩いていたつもりが道の奥に見慣れた建物が見え始める。先を行くメリルとテオの歓声が聞こえた。 「もうすぐおうちだよ!」 「あ! ニアお姉ちゃんとウタお兄ちゃんがいるよ」  声に気づいたらしいニアとウタセがこちらに目を向け、手を振る。メリルとテオは二人に向かって駆け出した。 「さて、僕たちも戻りましょうか」 「うん」 「はい。帰りましょう」  メリルとテオの後を追い、優しい家族の待つ温かな我が家に向かって慈乃達も走り出した。
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