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「ずいぶんかわいいの着てんだな」
「か、かわいくねーし」
維新がボタンを外そうとする。
「ちょ、まじでっ」
「さっき確認したら、おばさんはいなかった」
「つか、なに確認してんだよ!」
とぼけた面して、にやにやしている。
「お前~」
「卓、ちょっと黙れって」
維新の顔が傾いて、鼻に鼻が触れる。反射的に目を閉じた。俺の口腔内を、いつもよりねっとりと味わっている。
肩を押し返そうとしてもびくともしないから質が悪い。
漏れる熱い吐息と、たまに大きく動く胸。指先だけでも触れてしまったら、もう後戻りはできない。
……知ーらね。ただでさえ朝は敏感なの、お前だって、わかりきってるはずなんだから。責任取れよ。バカ。
そんな心の声へ応えるように、維新は羽織っていたものを脱いだ。
初めてそこに触れ合う。俺なんて、ウワサの三こすり半だ。
それから時間差で吐き出たものは、下になっていた俺のパジャマに勢いよくかかった。
余裕なさ気な維新の声とか、甘めな息づかいとか。なにもかもがヤバくてぶっ飛んでいた頭は、一気に現実へ戻った。
「まじ最悪……」
俺のと、自分のも後始末を終えた維新が苦笑いをこぼす。
「しょうがないだろ。洗えばすむ」
「……ま、そうだけどさ」
気持ちよかったし。かろうじて布団にまで被害が及ばなかったのは、維新のファインプレーとしよう。
洗面所へ向かい、手を重なり合って洗う。汚れたパジャマも着替えた。
部屋へ戻り、改めて維新と目を合わせたとき、気恥ずかしさというか、さっきの行為をエンドレスでプレイバックし始めちゃって、それらをごまかすために背中にひっついた。
いまは顔を見られたくない。アホなほど、にやけていると思うから
維新はそのあと、お昼近くまでうちにいたけど、ゴルフ部からの「帰還せよ」メールに呼ばれて帰っていった。
ほんとは一緒にお昼ご飯を食べようと思っていたのに呆気なく取られてしまった。
自室へ戻り、なにげなく机を見ると、USBメモリと封筒が置いてあるのに気づいた。維新からのものと思い、すぐにローテーブルのノートパソコンを立ち上げ、USBメモリをさした。
動画が入っている。
クリックしたら画面が切り替わり、メイジのどアップな顔が現れた。
「おい。石岡。ちゃんと撮れよ」
ジョーさんの声がした。
引きの画になってからまたアップになる。
講堂のステージだった。
黒澤、ジョーさん、ミツさん、マキさん、奥芝さん。バンドのメンバーが揃っている。
みんな……笑顔でいる。
もちろん、風見祭の前に撮られたものだろうけど、そうそう見ることのできないファイブショットだけでもレアなのに、みんながみんな破顔している。
俺は、もらい笑みを浮かべた。
すると、画面の中の黒澤がマイクに口を近づけた。
「卓。今回はお疲れさん。いろいろ頑張ってくれたお前に、これをプレゼントする」
そこまで言うと、黒澤はマイクから離れた。
それぞれが、それぞれの楽器の音の確認を始める。
奥芝さんのバチを合図に演奏が始まった。
ロックというよりは、ポップな感じのするイントロ。うたが入る。ミツさんの高めのハスキーボイスに黒澤の低音がハモって、うたの領域が広がる。
……贅沢をいうなら、これを生で聴きたかった。
「メイジ……いつの間にこんなこと」
思わず呟いていた。
うたも素晴らしかったけど、メイジのカメラさばきもよかったから。引きとアップを使いこなしていて、みんなの表情がよくわかる。
そこにいる五人が、自分たちだけのセカイに飛んでいっているのがわかる。
動画を見終わり、俺は封筒の存在を思い出した。
開けると、二つ折りのメッセージカードが出てきた。
「後ろは細くてもかまわない もし この先もタイトなら いろんなドア 開け放っとけばいい」
印象に残っていたフレーズ。そのほかにも、聴き覚えのある言葉がいくつかある。
さっきのうたの歌詞カードだった。
最後には手書きで、「きみへ感謝の『アイスクリーム』を贈る」とあった。
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