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マキさんとミツさんへの仕返しを企んでいるらしい暴走族の残骸たちは、結局はなにをするつもりなんだろう。なにがしたいんだろう。
具体的なことを考えるなら、マキさんたちに「すみません」を言わせたいんだろうけど、そこまでにどうもっていくかがわからなかった。
維新の話じゃあ、直球勝負でくるとは限らない、なにかしらイレギュラーさせてくるんじゃないかって感じだった。
そのイレギュラーが俺へ向けられたとしても、劇の最中じゃあ、うまくいくとは思えない。ここにはたくさんのガチムチ先輩がいるんだ。
そんなリスクを冒してまで仕返しにくるんだろうか。
つい、首を傾げる素振りをしてしまったら、動かないでちょうだいと、おスギ先輩に怒られてしまった。
とにもかくにも、こっちは劇の本番に集中しなきゃだ。
ここへ来るまでにちらっと目にしたステージでは、つつみんを始めとした裏方さんたちが忙しなく行き来していた。
背景を整えたり、照明の確認をしたり。いつにも増して、加賀谷さんの声に気合いが入ってて、乱れ飛んでもいた。
着替えがすんだら、俺もとなりの更衣室で台本の確認をしよう。
「はい。いいわよ」
最後にカツラを被せてもらって、肩をポンと叩かれる。
これも、きょうで最後の儀式だ。
「次、まっつん呼んできてね」
俺は返事をして、更衣室を出た。
そこに藤堂さんがやってきた。
体育館と更衣室前の通路を仕切っているドアが、きょうは外されている。その代わりにカーテンが引かれてあって、それを藤堂さんは翻して颯爽と現れた。
俺は一応挨拶して、まだ変身前の藤堂さんを伴い、となりの更衣室へ向かった。
維新が中にいるはずなんだ。
ドアを開けようとしたら、なにかがロッカーにぶつかる激しい音がした。
俺はびっくりして、後ろの藤堂さんへとっさに目をやった。
首を傾げ、肩をすくめている。俺の代わりにドアを開けた。
その大きな体が止まる。俺は反射的に避け、藤堂さんの背中から更衣室の中を覗いた。
維新は、たしかにいた。
しかし、その体はロッカーに押しつけられていて、ぴたっとだれかがくっついている。
だれなのかは、すぐにわかった。
それよりも、維新の唇が、俺じゃないやつに奪われている事実に足元が凍りついた。
「まじか」
藤堂さんの呟きで我に返った俺は、柳さんへ突進するのではなく、よろよろと後ずさっていた。更衣室を出て、カーテンへと手を伸ばす。
そこでだれかとぶつかった。
加賀谷さんだ。眉間にしわが寄っていて、ものすごく切羽詰まったような顔をしている。
俺は慣れない靴で体育館を進んだ。
「中野。どこへ行く。話があるんだ。みんなにも──」
そんな声が聞こえたけど、とりあえずここから出たかった。
俺を呼び止める二つの声もシカトした。
表へ出て、しばらく歩くと、ようやくアタマが回復してきた。
つーか、いまのなんだよ。は? 意味わかんねーし。
てか、だから言ったんだよ。維新のあっぽんたん!
あの人、ぜってーお前に気があるって!
俺は樹海へ入って、ぴたっと足を止めた。振り返れば、闇のベールが下りてきていた。
俺は、自分の胸をさすってからとんとんと叩く。
「一人になるな」
耳の奥で声が響いた。あいつの声。けど、その声を巻き上げるようにびゅうと風が吹いた。
仰ぎ見れば、黒い雲が空を覆ってきていた。まだちょっと薄かった青も、黒の境界線に飲み込まれそうだった。
……戻ろう。
そう思ったとき、遠くから声がした。
「卓くーん」
「卓ー」
つつみんとメイジだった。
木々の向こうから聞こえた。
ほっとして、俺はそっちへ踏み出そうとした。……出そうとしたんだけど、体が変なほうへ引っ張られ、ヒールの足は空を蹴った。
その次の瞬間には、どこかに寝かされた。固い土の上で押さえつけられ、だれかに乗っかられた。
暗がりで見え隠れする顔は、初めて見るものだった。
鷲尾さんかとよぎった頭は一瞬にして恐怖へと落とされた。
暴れてみたけど、すでに遅く、俺は布状のもので猿ぐつわを噛ませられ、後ろ手に縛られた。
例の残骸が現れたんだ。
てか、イレギュラーすぎんだろ! てかてかてか、俺は関係ねえだろ!
そう叫んでみても、猿ぐつわにすべてを奪われた。
無言で淡々とことに及んでいるのも怖い。
そうこうしていると、どこからからか一人増えた。
いや、もう一人いる。見えないけど、気配というか、歩く音がする。
それも静かになる。みんな息をひそめている感じだった。
そこへ、俺を呼ぶつつみんの声がした。結構近くにいる。
だけど、太木や植え込みが邪魔している上にこの暗さだ。容易には見つけられない。
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