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猿ぐつわなんて構わず、俺は精いっぱいの声を上げた。足もバタバタさせる。けど、だれかに足首を掴まれ、スカートごと抱えられ封じられた。
それでも、植え込みをがさがさいわせられたし、つつみんはもしかしたら、なにか気づいてくれたかもしれない。
それで……というところまで考えて、つつみんがこいつらと対峙したらどうなるんだろうを、俺は想像した。
暴走族の残骸なんだ。殴り合いは常だ。
つつみんも風見原の生徒なんだから、運動部に所属しているだろうけど、ケンカとは無縁な気がする。
いや、メイジも一緒だったみたいだし……なんとかなるのかな。
それでも不安しかない。きっともっと大声を出せれば、だれかしらが気づいて、助けに来てくれるのかもしれないけど。
とにかく、拉致られるのだけは避けなきゃならない。
「集合した」
押し殺した低い声が聞こえ、俺は首を動かした。
まずは後ろ手に縛られているところをなんとかしたくて、腕を激しくゆすった。体を横にされ押しつけられているから、上になっている腕しか動かせないけど。
そこへ、携帯を耳に当てた新たな顔が俺の視界に入ってきた。
「おい。おとなしくしやがれ」
そう言って、そいつは目を跳ね上げる。
「早く行かねえとだな」
「捜してるのは何人だ」
俺を押さえているやつが訊く。
「たぶん四人」
「車の方向は?」
あっちと、指でさし示している。
こんな暗がりな上に、生徒でさえも把握しづらい樹海で、どうして正しい位置を認識できているのか。
柳さんの顔が思い浮かぶ。
ていうか、あの人が維新にあんなことさえしなければ、俺はこうして体育館を出ることはなかった。
この用意周到さ。まさか──。
「やつらは?」
「向こうでなんかあったらしくて、そっちに気ぃ取られてる」
「なら、いま行くしかねえか。思いのほか手間取ったしな」
「暗いからさ、なんとかなんじゃね」
体が急に持ち上がった。そのまま男が走り出す。がっちりと抱え上げられているから、上下の揺さぶりは少ない。
ここで下手に抵抗して落ちたら、絶対にケガする。
固く目をつむり、なすすべもない自分に打ちひしがれていた。
そのときだった。
「卓くん!」
つつみんの声が聞こえた。
男の足が止まる。
目を開けられても、暗いばかりで、なにもわからない。
「卓くんを降ろせ」
凄みのあるつつみんの声が、すぐ近くで聞こえた。
直後、俺を持ち上げていた腕がくずれた。体が反転して、落ちる。やばいと思ったと同時に、だれかに受け止められた。そっと地面へ下ろされる。
「卓くん。大丈夫?」
つつみんだった。
さっきのやつはどうしたのかと目を凝らせば、蹲ってるような人影を見つけた。
構わずつつみんは猿ぐつわを外そうとしてくれる。その後ろに、オレンジを見た。
津田さんだ。
後ろを振り返るつつみんの胸倉を、津田さんが掴み上げる。がつんと鈍い音がして、うめき声も聞こえた。
二人の殴り合いが始まる。
ほかからも似たような音が聞こえる。鷲尾さんらしき叫び声もした。
とにかく逃げようと俺はもがいた。肩を駆使して起き上がる。幸いなことに足は生かされてるから簡単にイケるだろうと思っていたのに、きちんとつくられてあるスカートが邪魔してくれて、なかなか立ち上がれない。
維新は、この中にいるんだろうか。
腹を絞るようにその名を呼んだ。
すると、また体が持ち上がった。
維新かと思ったら、違う顔がある。俺を抱えただれかは、そのまま林の中へ飛び込み、いまは剣山のようになっている田んぼを走り抜けた。
抵抗する力は、俺に残されていなかった。
ゴルフ部の明かりが歪む。
ぼろ切れを扱うように、俺を車へ押し込め、ほかの二人を待ってから、男はアクセルを踏んだ。
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