クライマックス

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 俺は一歩後ずさった。その肩を、後ろの維新が受け止める。  刑事さんは次に名刺を一枚差し出してきた。  俺はおずおずと受け取り、「警部補」の文字をまず目に入れた。それから、「市川」という名字も。  俺が名刺から顔を上げると、刑事さんはマキさんを指さした。 「あいつのアニキなんだ」 「……え?」  俺は目をしばたたいた。  そこにミツさんもやってきた。視線を落としたままのマキさんのとなりに立つ。  刑事さんもちらっとそっちに目をやった。それから、俺に向き直る。 「その格好でここにいるのもあれだし、ちょっと車の中へいい?」  はいと返すしかなかった。維新たちから離れ、刑事さんが開いてくれた傘へ一緒に入る。  後部座席のドアを開けてもらったけど、さすがにすんなりと乗ることはためらわれた。  だって俺、びっちょびっちょだ。 「濡れてても構わないから」  失礼しますと一応断って、シートへ腰を下ろした。  刑事さんは運転席へどかっと座った。膝を助手席のほうへ向け、左手をヘッドレストに乗せる。 「それにしてもすごい雨だね。俺さ、きょうは非番だったんだけど」 「……はあ」 「寝てたら携帯が鳴って、いますぐ来いだと。ほんと、アニキ使いの荒いやつらというか。生意気でしょうがない」  刑事さんは窓の向こうへ視線を投げ、ため息をついた。  ただ、それの半分は俺のせいでもあると思うから、一応謝っといた。 「──いやいや。そういう意味で言ったわけじゃないんだ。それだけ、あいつらはヤンチャでしょうがねえってことをさ」  言いかけ、刑事さんは改めて俺をまじまじ見た。 「ことしはまたハマり役だったんだね」 「え?」 「それアレでしょ。アリアだっけ」  俺は、まばたきを繰り返すしかなかった。 「なんで、これがアリアって知ってるんですか。……あ、マキさんたちから聞いたのか」 「それもあるけど、俺は風見原のOBだから」 「え──」  ことさらにデカい声で驚いてしまった。  ……でも、マキさんとミツさんのお兄さんが生徒会にいたって、前に聞いたかもしれない。   「……お兄さんのときから『これ』、あったんですね」  俺はスカートを掴み、くいと持ち上げた。 「うん。あったね」 「もしかして……アリアとか、やりました?」 「まさか。弟たちはチビッコだけど、俺はそこそこデカかったから」  たしかにお兄さんは上背がある。顔立ちも、あまりマキさんたちとは似てない感じがする。 「純粋な兄弟ではないし」 「え?」 「異母兄弟になるのか。母親が違うんだ」 「……あ、なるほど」  なんだか複雑な事情がありそうで、どう返していいかわからず、俺は目線を下げた。 「てか、あれ。アリアってデカいとやれないんですか?」 「ほら、なにもかも使い回しでしょ。それの兼ね合いもあって、なるべくチビッコ選ぶんだよ。多少の直しはきくけど、なにせその衣装、高いからね」  びしょびしょでぐしょぐしょ。しまいには汚れまくっているスカートを、俺はゆっくりと見下ろした。 「いや、そんな話がしたいから乗ってもらったんじゃなかった。……今回の件、俺のほうからも謝らせてほしい」  顔を上げると、お兄さんは神妙な顔つきに変わっていた。  俺はてっきり、警察としての話かと思っていたら、違うようだった。 「弟たちのことでずいぶん迷惑かけたみたいだし」  俺は首を横に振った。 「きっかけは、たしかにマキさんたちにあるのかもしれないですけど、こじらせたのは俺なんです。マキさんたちは最低限ですませようとしてたのに、忠告というか、注意されてたことを、俺が怠ったんです」 「……」 「あの。これ、警察沙汰……とかにはならないですよね」 「きみが被害届を出すというなら、そうなるかもしれない。ただ、叩けばいくらでも埃が出る相手だ。きみがあまり大事にしたくないなら、それは勧めないよ。見たところ、大した怪我もなさそうだし」 「ケガはぜんぜん。大丈夫です」 「とりあえず、俺は個人的に話がしたかっただけなんだ。兄貴として謝りたかったし」  お兄さんはそう言ったあと、もしなにかあったら、さっきの名刺の番号に連絡してほしいと続けた。  不意に前を向く。 「そろそろ応援も来るだろうから、傘のあるやつを迎えにこさせるね。ちょっと待ってて」  お兄さんが車を出るとすぐにサイレンが聞こえた。赤色灯を焚いた車が二台ほど、目の前を通っていく。  お兄さんがまた運転席に顔を出した。 「いいよ。出て」  俺がドアを開けると、維新が立っていた。傘をさしてくれている。  さっきまでの風もやんでて、ほっとした。  維新は歩きながら、あっちと、どこかへ顔を振り向けた。  黒澤と奥芝さんとジョーさんがいる。一台の車のそばで傘をさして立っている。  あの車だった。  しかし、俺たちに気づくことはなく、三人でなにか話し込んでいた。  マキさんとミツさんはというと、その三人から少し離れたところで並んで立っていた。  マキさんとミツさんのそばまでいって、俺たちは立ち止まる。  さっき到着したパトカーから、透明なカッパを着た警官が何人か降りてきた。マキさんのお兄さんの指示でこっちへ向かってくる。  ジョーさんたちのいた車から、警官に二人がかりで腕を捕まれ、あいつらが出された。無理やり歩かされる格好で、俺たちの前を通り過ぎていく。
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