クライマックス

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 あの車内で俺のとなりにいたやつが最後に出された。警官にまでメンチ切って、マキさんとミツさんに気づくや、雨を分けるように叫んだ。 「てめえ。サツ呼ぶなんて汚えぞ。なんだ。自分じゃもうどうにもできねえから、お兄ちゃーん、助けてぇってか。クソガキが!」  それを聞いて、マキさんとミツさんが同時にぴくっと反応した。二人がさしていた傘も動く。  その二本の腕を、俺はとっさに掴んだ。  マキさんとミツさんは顔を見合わせるようにして振り返った。  俺は強く首を振る。 「あんなやつの言うことなんて取り合う価値もねえよ。だからこうやって足をすくわれちゃうんだ。伝統を守りたいなら、いつなんどきでも毅然としてなきゃ」  二人の目を交互に見て、俺は言った。少しの毒と、嫌味と、心配の念ももちろん込めて。  それが二人に伝わったかはわからないけど、上がっていた肩が少しなだらかになったから、効果はあったみたいだ。  それだけでも甲斐はある。俺にだって、あの二人を止められた。  それでも、ミツさんはまだ気が収まらない様子で、一方のマキさんは、申し訳なさもあるのか、同様に眉間にしわを寄せ、目を伏せた。 「みっちゃん」  そこへ、奥芝さんの声がかかった。ミツさんの肩を叩いてもいる。  ミツさんの目の色は、それで完全に変わった。 「シゲ」 「俺たちは先に帰ろう」  わかったと、ミツさんは頷き、奥芝さんから俺へと視線を移した。 「卓。またお前に借り作っちまったな。ごめん。真紀のこと、よろしく頼むわ」  その眼力でも「頼む」を強調し、ミツさんは傘を畳むと、少し離れたところにいた黒澤へ渡した。奥芝さんも黒澤に傘を預け、近くに停まってあった二輪車のところへ向かった。  ともにフルフェイスのヘルメットを被り、ハンドルを握った奥芝さんの背中に、ミツさんはぴったりとくっつく。エンジンをかける前、奥芝さんはこっちに手を上げてみせ、それからバイクを走らせた。  その爆音は篠突く雨にすぐかき消された。  風は収まったままだけど、雨の降り方は変わらない。  すると、俺を呼ぶか細い声が聞こえた。危うく聞き逃しそうになるほど、その声は小さかった。  顔を戻すさなか、こっちへと近づく黒澤の姿を、俺は視界の端で捉えた。 「中野。きみを守ると約束したのに果たせなかったね。すまない」 「……なんで。ちゃんと守ってもらいましたよ。ほら、ケガもなにもないし」 「……」 「だから……泣かないで」  俺に言われて気づいたのか、マキさんはより口を歪ませ、額に手を当てた。 「マキさん」 「ごめんね、僕のせいで……っ」  異様にマキさんの呼吸が上がった。上下する肩の動きも大きい。胸を押さえて前かがみになる。  近くまで来ていた黒澤が俺より早くマキさんの二の腕を掴んだ。  維新も、マキさんの急変にびっくりして手を添えている。  俺はマキさんから傘をもらい、黒澤がさしていた傘の柄を維新が受け取った。それを二人の頭上へ持っていく。  奥芝さんとミツさんのぶんの傘も俺に渡し、黒澤は両手でマキさんを支えた。  間隔の短い息づかいの中でも、マキさんは大丈夫と繰り返す。 「すぐに車を持ってくる」  駆け寄ってきたジョーさんがそう言い置く。それを黒澤は引き止めた。 「ジョーさんは、松永と卓をお願いします」  それからパトカーのほうへ視線を投げ、黒澤は声を上げた。 「キョウヤさん」  パトカーの運転席にいる警官とマキさんのお兄さんが話をしている。黒澤の声に気づくと、お兄さんは顔を上げ、ただならぬ雰囲気を察したのか、すぐに駆けてきた。 「どうした。……マサ?」  マキさんの額へ、お兄さんが手をやる。なのに、それを振り切ろうと、マキさんは頭を動かす。 「大したことない」 「マサ。熱があんのになにぬかす。どこまで大バカなんだ、お前は」  お兄さんはマキさんから手をどけ、その指先をどこかへ向けた。 「誉。俺の車……わかるよな。あっちか。そいつ乗せといて。俺が医者に連れてくから」 「俺も行きます」 「……ん? まあ、とにかく乗せといて」  お兄さんは念を押し、さっきの警官のところへ戻っていった。  黒澤がびしょびしょの前髪から覗くようにして俺を見る。 「俺はマキに付き添って病院へ行くから、学祭のことは松永から聞いてくれ。それから、申し訳なかったと俺からも謝る。マキや光洋のせいだけじゃない。俺の過信もあったし、それは傲りだったと思う部分もある」 「いいってば」  俺は睨むように黒澤を見上げ、首を横に振った。 「ほんとに俺はなにもされてないし、ケガもしてない。そりゃあ、文句の一つくらいは言いたいけど、それはいまに始まったことじゃないし。今回に限っては、悪いのはぜんぶあいつら。そうでしょ?」 「卓……」 「そんなことよりさ、マキさんを気にかけてあげてよ。きっと、あんたが思うよりずっと無理してたんだと思うから。風見祭を無事終えられることに心血注いで……」  黒澤はただ首を動かし、マキさんを支えながらお兄さんの車のほうへ移動した。  すっかり傘さし係となっている維新もついていく。  俺は、ジョーさんに肩を叩かれた。
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