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カーテンコール
深い眠りから一気に浮上した。
横向きで寝ていた俺は、目の前の壁をしばらく見つめていたけど、なにかの気配を感じて寝返りを打った。
いや、正確には、打とうとして上を向いたとき、だれかと目が合った。それがあまりにも近く、始め、だれがいるのかわからなかった。
ある種のホラーだよ。
俺が上げた悲鳴に、維新はびっくりして、慌てて体を起こした。口に人さし指を当てている。
「しっ、じゃねーよ。朝から心臓が止まるかと思ったわ」
「悪い。驚かせるつもりはなかった」
「驚くでしょうよ。目が覚めていきなりだれかがいたら。しかも勝手に部屋に入ってきてさあ。寝起きを襲われそうになってるし、俺。もう、どっかのだれかさんじゃないんだから」
「いや、襲おうと思って来たわけじゃない」
維新はクソ真面目に返し、途端に眉をひそめた。
「どっかのだれかさんてだれだ」
「そんなの一人しかいねえじゃん」
「……黒澤さん?」
「そう」
「お前、黒澤さんに寝起きを襲われたことがあるのか?」
維新の表情が曇った。一息で冬を連れてくるような冷ややかなまなざしを突き刺す。
やべー。
「ちゃうちゃう。そこじゃない。勝手に部屋に入ってくるのとこね。あの人、たまにうちにぽっと現れるからさ」
「……」
「で? 朝からどうしたの。……あ、ちょっと待って」
維新が「ん?」という目をする。
俺は布団から抜け出てベッドを降りた。気にしないでと維新へ言い置き、部屋を出る。
トイレと洗面所へ向かった。
ほら、朝ですから。いろいろと準備ってものがある。
ただ、着替えは部屋でだから、パジャマのままで戻った。
「お待たせ」
ドアを開けて真っ先に維新へ目をやれば、やっぱりベッドに腰かけていた。
俺が座るらしいところはちゃんと空けられてある。それは見なかったことにして、壁時計へ視線を移すと、時刻は九時をさしていた。
「てか、時間! 学校に遅れんじゃん!」
「卓。落ち着け。きょうは振替休日だろ」
維新にそう言われ、俺は外しかけていたボタンを留め直した。
そうだ、きょうは休日なんだった。
きのうのことを巡らせつつ、なんの気なしに近づいていったら、腰を掴まれ、引き寄せられた。
「ちょ、維新っ。朝からっ」
このままベッドに雪崩れこむつもりなのかと思ったら、維新は腕を回し、俺をホールドしただけだった。
脇腹に頭が当たる。
ジェルかなんかで、髪がきれいにセットされてある。
まだ朝だし。崩したら悪いと思って、俺は毛先へ触れるだけにしておいた。
「どうしたんだよ」
「会いたかった。その顔をいますぐ見たかったんだ」
……ああ、なるほど。きのうは、夕方以降ずっとアリアな格好だったっけか。
俺は、眼下のエムエーワンな背中をよしよしと撫でた。
「ありがと。俺も会えて嬉しいよ」
維新がようやく顔を上げた。
「ここへ来る前、風見館へ寄ってきた」
維新のとなりへ、俺は腰を下ろした。
「ま、まじ? マキさん、元気そうにしてた?」
「ああ。部屋でお粥を食べていた。ゆうべはかなり熱があったけど、けさはだいぶ下がったそうだ」
「……そっか。悪化してなくてよかった」
ほっとした。喘息持ちだから、最悪入院かもと心配したけど、風見館へ帰ってきてて、それにも安堵した。
「ねえ。てかさ、津田さんてどうなったんだろう。俺を連れ込もうとしていた溜まり場にいた残骸の残骸も、ケーサツに回収されたって聞いたけど、津田さんは?」
「もちろん一緒だろ」
津田さんの名前を出すと、俄然、維新は苦虫を噛み潰したような顔になって、低い声で言った。
「うーん。だけど、一応はこっちの人間じゃん。簡単に差し出すわけにはいかねんじゃね」
「そんなの関係あるか。あの人、卓を助けようとした堤の邪魔をしたんだろ。殴ってもいたらしいし」
「あ、そっか……」
「うちの生徒だからなんて、もはや通用しない」
もっと気になるのは、どうして津田さんはあんなことをしたのかってところだ。
かつての先輩たちが、マキさんたちへ仕返しがしたいと持ちかけてきたにしても、自分も同調できる決定打がないと、あそこまでの協力はしないんじゃないかと思う。
「津田さんてさ、残骸たちとグルだったっつっても、マキさんとミツさんに潰された暴走族にいたわけじゃないじゃん。なのに、なんであそこまでしたのかな。バレたら退学になるの、わかりきってるのに」
「……市川会長に対して思うところがあったから、後脚で砂でもかけてやるか、だと」
「え?」
「親が外国へ転勤になるから自分もついていくらしい」
「はあ? なに、それ。……転校する予定があったんだ。じゃあ、いままでのうっぷん晴らせれば、あとはどうなっても知らねってか」
俺は爪を噛んだ。
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