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開幕ベル
生徒会長の交替式から一週間がたった。
きょうは祝日。
ことしは、残暑の尾っぽがそれほど長くなく、朝晩は急に涼しくなった。
もうすぐ夕方の五時になろうかというころ、俺は自転車を漕いで、改めてゴルフ部へ向かっていた。夕方はホールへ移って一人で練習すると、維新が言っていたからだ。
あの樹海とじつはとなり合わせにある田んぼは、見事な黄金色に輝いている。そのもっさりとしたコウベを下げ、刈入れのときを待っている。
俺は午前中もゴルフ部にお邪魔して、二階建ての練習場で打ちっぱなしをしていた維新とメイジを見学した。
基本、授業のない日の部活動は午前中のみ。午後は夕飯の時間まで自由行動だ。外出許可を出して遊びに行く人もいるし、自主練や勉強に励む人もいる。
もちろん、食事当番などがあるなら、それに間に合うように帰ってこなければならない。
なんて言う俺は、どの部にも所属してない自由人であり、風見原初の通いである。学校の敷地内にある、理事長で祖父の邸宅が、居候先だからだ。
練習場より奥にある、山林を切り開いて作られたホールの一つへ、俺は向かう。ログハウスのそばへ自転車を停めて、いそいそと林の中を進んだ。
ホールの真ん中辺りで、維新を見つけた。ティーからグリーンへ、フェアウェイがカーブしているところだ。
維新は、いつかのマキさんみたいに、ゴルフウェアでキめていると思いきや、なんてことはない、ただのTシャツにジャージという姿。俺が林の中から芝生との境目に出たとき、ショットのポーズを取っていた。
空を切り裂くような音をさせ、クラブの先がきれいな弧を描く。そんなに高くはないけど、ボールは勢いよく飛んでいった。
「ファ~ッ」
と、維新の打ったボールを目で追いながら、俺は大きな声を出した。
維新が気づいて苦笑顔を向ける。ゴルフバッグを担ぐと、俺に歩み寄りながら言った。
「それはOBのときに出すやつだ」
「あ、そうなの?」
「キャディーさんがな。ていうか、どうした」
「うん。ほら、午前のとき、夕方ここで練習するって言ってたじゃん。だからまた来ちゃった」
維新が芝生へ戻る。ついて行かなかった俺を振り返り、来ないのかと訊いた。
「靴、普通のだし」
「ああ、スパイク? でも、ここは打ちっぱなしと変わらないから、そのままでもいいよ」
それを聞いて、遠慮なく、俺はフェアウェイを闊歩した。
維新の横に並ぶ。
「なあ、維新。俺、あれやりたい」
「うん?」
「パターってやつ」
維新はグリーンの手前でゴルフバッグを下ろし、中から一本を出した。
「あ、まずはお手本からで」
俺へと向けていたグリップを持ち、グリーンの縁にあるボールのそばに維新は立った。
カップまでは結構な距離がある。
お手本とはいえお遊びだからか、芝を読む動作は飛ばして、軽い感じでパッティングした。
でも、表情は真剣。それがまたかっこいい。
ボールは思いのほか足を伸ばし、吸い込まれるようにカップへ転がった。
「すっげ! さすが維新。かっちょい~」
「いや、いまのは完全にまぐれ。俺も驚いた」
すげえ、すげえと俺がジャンプしていると、維新はこっちを見やってから、パターをついて左手を伸ばした。カップからボールを取り出し、適当なところへ置く。
パターの頭を持ち、ほらと、グリップを俺に向けた。
「つか、近くね?」
「卓にはいい位置だろ」
ボールが置かれたのは、カップの目と鼻の先。一メートルあるかないかのところ。
「こういう距離もバカにできないんだよ」
「わかった。よし、やる」
俺は見よう見まねでパターを動かす。
だが、ボールはお約束のようにカップを外れた。
「あっ」
「言わんこっちゃない」
「うっさい。なに、この穴。ちっちゃくなってんじゃね」
とはいえ、二度目はきっちり沈めさせていただきましたけども。
カップインしたボールを自分で取って、俺はしゃがんだまま維新を見上げた。
「そういえばさ……」
「ん?」
「ちらっと聞いたんだけど、風見祭? 来月にあるやつ。普通、文化祭っていったら、クラスでなんかやるじゃん。でもなんもその話しないよね、うちのクラス。もしかして、もう夏休み前に決まってたりすんの?」
俺は腰を上げた。
俺が風見原高校に転入して、まだ二週間しかたってない。だから、文化祭の詳しいことは知らない。
いま、もっぱら学校で話題になっているのは、明々後日の木曜日にある刈入れ行事のこと。
風見原高校は全寮制の男子校。その敷地は、アホかと思うくらい馬鹿でかい。
学生寮は、ここでは部寮といわれていて、競技エリアごとに別れている。
いま俺たちのいる山の手は、ゴルフ部エリアと農業部エリア、武道部エリアの一部がある。
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