冬崎白奈の契約  ─祓い屋と見鬼の瞳をもつ少女─

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 翌日、その放課後。  一人目の聞き込みは、美声を失ったコーラス部の先輩。先に話を聞いた瑠依が、アポを取ってくれたんだ。 「いい白奈? 相手は声を失って間もないんだから、失礼のないようにね」 「失礼と入札って、字面が似てますよね」 「そういうとこだって!」 「これもダメなんですか? まさか、『声を失ってコエー』もダメだったりします?」 「逆に、なんでそれがいいと思った?」  頭がクラクラしてきた。 「まったく、白奈の辞書に常識って文字はないの?」 「ジョ……ジョウ……シキ?」  ほんとにないんかい! 「相手の身になって。もしも白奈が声を失ったとき、声にまつわるしょうもないダジャレを聞かされたら、どうする?」 「お引き取り願いますね」 「でしょ?」 「息を」 「息を!?」  一抹どころか百抹の不安を感じつつ、わたしたちはコーラス部の部室へと足を踏み入れた。          『こんにちはだよっ!』  コーラス部の先輩、霧島心愛(きりしまここあ)さんは、文字を打ちこんだスマホの画面をわたしたちに見せた。  霧島さんはパッチリとした目に、ほどよく日焼けした肌の、活動的な雰囲気をもつ美人さんなのだけど、わたしの目は、のどに巻かれた包帯に吸いよせられてしまう。 『声はさ、出ないことはないんだけど、風邪を引いたブタみたいな声だからさ、筆談させてもらうね、ごめんだよっ』  「いえ、こちらこそ、急に押しかけてしまったのです。今日はお忙しい中ありがとうごさいます。その、お体の調子は?」  白奈は礼儀正しかった。 『体調はいたって健康だよっ! お気づかいありがとうだよっ!』  笑顔とともに、親指を立てる霧島さん。  わたしと白奈は顔を見合わせる。なんというか、想像より明るいな? 『くよくよしたって、しかたないんだよっ!』  わたしたちの心を読んだのか、霧島さんがそんな文章を見せる。 『治らないって決まったわけじゃないしね』  強い人だな、と思った。わたしが霧島さんの立場なら、こんなに前向きになれただろうか。 「当時のことを教えてください。霧島さんはこの部室で、赤い服の少女に遭遇したのですね?」  白奈の言葉に、霧島さんはうなずく。 「赤い服の少女に、見覚えはありませんでしたか?」 『ぜんぜんだよ、あんな怖いもの、はじめてだよっ! 真っ赤で、穴だらけで、左目だけがギロっとにらんでいて、いまでも思い出すと震えちゃうんだ』 「では、赤い服の少女以外に、なにか見ませんでしたか?」 『なにかって?』 「たとえば、少女以外の人間など」 『ううん、見なかった』 「では、猿に心当たりは?」 『猿? 猿ってあの、動物の中では知能が高いけど、しかし決して人間には勝てない、あの猿?」  猿のイメージがシビア! 「ええ、その猿です」と普通に白奈もうなずく。「最近猿を見かけたとか、猿の抜け毛を拾ったとか、猿にまつわるどんな些細なことでもいいのです」 『いやー、心当たりはないね。わたしって百日紅の花が好きだけど、それはさすがに関係ないと思うんだよっ』  たしかに、関係ないだろうな。 『なんか、あれだね、お役に立てなかったみたいだねっ? ごめんだよっ!』 「いえいえ」  とわたしは首をふる。霧島さんがあやまることじゃない。 『二人はさ、赤い服の少女について、なにか知ってるのかな?』 「いえ、くわしいことはなにも。ただ、わたしたちは猿を見たものですから」  打ち合わせどおり、白奈はウソをついた。祓い屋だと名乗って警戒させたり、変な期待を持たせないように──ということらしい。 『そっかそっか。よく無事だったよ!』  霧島さんは自分のことのように喜んでくれた。 『まあ、でもさ、せっかく無事だったんだから、赤い服の少女なんて忘れたほうがいいんじゃないかって、思っちゃうんだよ』  白奈のことを、じっと見る霧島さん。  その目は『だって、冬崎ちゃんはこんなにも美しいんだから』と言っているようだ。 「そうかもしれません。でも、わたしには──いえ」  横目で、わたしを見る白奈。 「わたしたちには、事情があるのです」 『そっか、わかったんだよ。冬崎ちゃんも真珠川ちゃんも、なんか雰囲気あるし、平気なのかもだねっ』  白奈はともかく、わたしはどうだろう? 『わたしのほかにも、被害者に話を聞くのかな?』 「ええ、今日はほかに、バスケ部の穂積(ほづみ)先輩にアポをとっているのです」 『あ~~、穂積ちゃんかぁ』  霧島さんはなんとも言えない顔をした。 「お知り合いなのです?」 『うん、去年同じクラス。たしかに、穂積ちゃんの足は美脚だもんなぁ。赤い服の少女が狙うのもわかるんだよっ!』  そう、穂積さんは美脚を奪われてしまったらしい。 『穂積ちゃんはバスケの特待生だから、ショックはでかいと思うんだ』  それを言うなら、霧島さんだってコーラス部のエース。 『もともと気難しいところがあるし、手短に済ませてあげてほしいんだよ。それに遅くまで学園に残っていると、赤い服の少女が出るかもしれないし』 「ええ、そうします。今日は本当に、ありがとうございました」  そう言って、白奈はちょこんと頭をさげた。       「やればできるじゃん」  コーラス部の部室をあとにしてすぐ、わたしは白奈の背中をたたいた。 「てっきり不謹慎なこと言って、場を凍らすんじゃないかって思ってた」 「コーラス部だけに?」 「それそれ、そういうの」 「わたしだって、たまには空気を読みますよ、満月の日ぐらいは」 「一ヶ月に一日しか読まないんだ」  なんで満月の日なのかも、よくわからんし。 「怪異の被害を受けた人の前でふざけるほど、わたしは不謹慎でもないし、猿でもないのです」  さっきから、みんな猿に厳しくない? 「でもまあ、思ったより霧島先輩、元気そうでよかったね」 「元気ではないでしょう」 「……あ、うん、そうだね、いまのは言いすぎた」  声を失っているのに、元気っていうのはちがうか。本人の雰囲気が明るくて、つい口走ってしまった。 「ねえ真見さん、霧島さんは、のどに包帯をしていたのです」 「うん」 「それって、どうしてなのです?」 「どうしてって……」  そんなの、美障女に美声を奪われたからに──って、あれ? おかしいな? 「そうなんです、おかしいのです」  白奈の大きな瞳が光る。 「包帯とは本来、傷口や腫れ物に巻きつけて、皮膚を保護するものでしょう? どうして霧島先輩は、のどに包帯を巻いているのでしょうか」  声が出なくなったから包帯をしてるんだと、なんとなく納得していたけれど、言われてみればおかしい。  声が出なくなったのは、美障女のせいだ。霧島さんはそれを知っている。包帯なんて巻いても、なんの意味もない。 「じゃ、じゃあ、どうして霧島先輩は包帯を巻いたの?」 「包帯は傷を隠すもの。だから、傷を隠していたと考えるのが、自然だと思います」 「傷を……」 「これはあくまで想像ですが、霧島さんはのどを掻きむしったのではないでしょうか。理由はおそらく、声が出なくなったことにいらだち、悲しみ、絶望したのです」    ──くよくよしたって仕方ないんだよっ!    霧島さんの笑顔や、前向きな言葉を思い出す。 「ほんとうは霧島さんも、苦しんでいたんだね……」 「あくまで想像ですが。でも、まあ、ますます美障女をどうにかしないとって気持ちにはなったのです」  白奈はいつものように無表情だったけれど、声には力がこもっていた。  ……うん、そうだ。霧島さんのためにも、ぜったい解決したい。 「でもだいじょうぶ? 穂積さんって、気難しいところがあるみたいだよ?」 「お茶の子チャイチャイなのです」 「たしかにチャイはお茶だけど」  それを言うなら〝さいさい〟だ。 「大船行きに乗ったつもりでいてください」 「電車なの?」  それを言うなら〝大船に乗った〟だ。 「ちょっと白奈、美障女の被害に遭ったばかりのときに、変なことわざを聞かされたら、どう思う?」 「去ってほしいですね」 「でしょ?」 「この世から」 「この世から!?」  ほんとうにだいじょうぶかなぁ、と千抹の不安を抱えつつ、わたしたちは穂積さんとの待ち合わせ場所、第二体育館を目指した。
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