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特訓とは?
「……特訓?」
「そう。以前のユノーは、私が近づいたくらいで驚きはしなかった。私が傍にいることに、慣れる必要があると思う」
「…………」
いつもあまりに兄貴が突然来るものだから、意を決して意見した。
驚くからやめろ、もっと距離をあけて欲しい、と。
そしたら、まさかの切り替えしを受けた。
"地球に行くため、私の傍から離れないと約束したけど、今のユノーにそれが守れるとは思えない"
って、なんだそれ。
"出来ないようなら地球には連れていけない"って、後半脅しじゃないか!!
あげく、"そのための特訓をしよう"って提案されても。
そんなわけで、今、ユノーの兄ちゃんと俺は向き合っているわけだが。
どうしよう。"兄ちゃん"の思考回路がさっぱり読めん。特訓って何?
「ユノー、手を出して。まずは握手からだ。ユノーが言う地球では、挨拶に握手をするんだろう?」
(そうか、握手くらいなら)
言われるままに手を伸ばして、兄ちゃんの差し出した手を握る。ナイスチューミーチュー!
良く出来たとばかりに、兄ちゃんが笑みを作る。
いやぁ、このくらいで褒められるとか、まあ、楽勝ですな。
「では次」
(次?)
聞き返す間もなく、ぐいっ、と握った手を引き寄せられた。
握手で手が交差している。
体重の軽いユノーの身体はあっさりと半回転し、バッグハグな体勢で兄ちゃんの胸元に収まってしまった。ふわりと揺れた服の裾が一拍遅れて落ち着く。
(うぉいッ!!)
もう片方の手でかっちり腰がホールドされてんのは、どういうことだ!? ダンスじゃねぇぞ!
「何を急に……!!」
「今のは上からの襲撃に、ユノーを庇った想定だな」
なぁにぃぃぃ? 何その設定。そんなん必要?
びっくりして、心臓バクつくわ。大体、襲撃前提って不穏すぎる。ユノーたちにとって地球行きってそんなに危険なん?
「こういう訓練を繰り返せば、多少の接触など気にならなくなる。平常心だよ、ユノー。激しい心音が伝わってくるけどね」
そりゃ俺の背中密着してるからだろ――っっ。
イチイチ顔近づけて言わんでも聞こえてる!! 無駄にいい香りするし!! メンズ香水というやつか!? 爽やかなのに落ち着いた、心地いい香り。
「とにかくユノーが私のことを思い出してくれない以上、こうして触れ合いを繰り返して慣らしていくしかない」
その声が寂しげな響きが含んでいて、俺はハッとした。
(そうか。この人は今、実の弟に忘れられた状態なんだ)
いくら中身が別人の俺でも、外身は彼の弟。
話を聞く限り仲良かったみたいだし、家族に忘れられるなんて悲しいに決まってる。安心を求めてのボディタッチも、分かる、かもしんない。
ユノーとユノー兄貴は7歳差でも、本当の俺とは1歳差。
ここは俺側が大人な気持ちで受け止めてやるべきなのか? 一応、世話になってる身だし。
体温がダイレクトに伝わってきて、何となく、しんみりした。
自分のことに必死で、気づけてなかった。
ちょっと悪いことしたな、と感じていると、再び"兄ちゃん"皇子が口を開しいた。
「ところでユノー、他にも気になってることがあるのだが……。この数日、私は一度もユノーから呼びかけて貰ってない」
(!?)
首を捻って兄ちゃんの顔を見上げ、迷う。
呼びかけ、って……名前?
"ユノーの兄ちゃん"って、ユノーが言うのも変だろうし……。
「……ルキウスさん……?」
一瞬、兄ちゃんの目が丸くなる。
(しまった、仮にも皇子様に"さん付け"はマズかったか)
しばらく空白の時間、兄ちゃんがぽつりと言った。
「……名前呼びでもいいが、それはもっと特別な時に……、いや……。いつも通り、"兄上"でいいよ」
そういって、兄ちゃんは腕の中から俺を離した。
"兄ちゃん"皇子の耳が赤く見えたのは、照明の照り返しかな?
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