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距離が欲しい
「…………。ユノー」
くっ、やめろ。そんな切なげな表情で見つめてくんな!
近づこうとする兄貴を両手で押しとどめただけで、これだ。
効果音がつくなら、クゥゥゥン、ってとこだろうか。捨てられた仔犬の如く、悲壮感を纏っている。
始終これ。こんなやり取りを、何度やったことか。
この人、こんなんで皇太子なんて嘘だろう。顔は良いけど。激しく良いけど。
整い過ぎてると言って良いほど、完璧な顔かたち。艶やかな黒髪に、金眼が煌めく。黙ってれば精悍な色気すらある上に、バランスの良い体つきは長身で。
11歳の背丈じゃ勝負になんないけど、前の、17歳の俺の身長より、たぶん断然高い。
外人、っていうか異星人って、発育良い。
(はっ!)
憂いに潤む眼差しと共に、俺の頬に延ばされかけた右手を避けて、距離を取る。
途端にショックそうな表情をされるけど、なんて油断も隙も無い!
(第一、"思い出す"も何も、初対面っだっつーの)
これもとっくに説明済だ。
俺は地球人で、日本の高校生で、小田透路です、って身元を伝えたのに。
ユノー君とは別人です、って、一日以上かけて必死で訴えたのに。
"昏倒している間に見てた夢"だって思われたらしい。
"毒の影響で、記憶が夢と混ざって混乱してるのだろう"って逆にこっちが説かれるとか、俺の心が折れてしまう。
もっと人の話を信じようよ?
大体、その毒関連はどうなってるのか、そっちの情報をまるで貰えない。
俺の今の身体の主、ユノー君。
食事に毒盛られたって、狙われたってことだよね? 「お前は心配してなくていい」とは言われたけど、解決したとは聞いてない。もしかして、スリリングな状況は続いてるんじゃ……。
スキンシップより、安心が欲しい。
あとパーソナル・スペース。
どんな仲良し兄弟だったかは知らないが、今の俺に慮れる余裕はない。
現場は目下、緊張状態。
逃げの姿勢に入りつつも、"兄ちゃん"との無言の場が、ジリジリと続いてると。
「失礼いたします」
部屋の入り口から、やんわりと断わりの声があがった。
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