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赤が散る。見慣れた、見飽きた、赤が吹き出す。
まずは一人。
続いてライカはターシャと対峙していた同僚の背へ剣を突き立てた。軍服の構造を知り尽くした同僚の背はガラ空きも同然だった。
剣先が宙へと到達する。剣の半ばまで、味方の肉に埋まる。
「……っ、な」
何を、と言いかけた同僚の背に足裏を当て、剣を引き抜く。その剣で首筋を斬り裂けば、とどめを刺された同僚はすぐさま地面へ倒れ落ちた。
たくさんの人間からたくさんの血が流れ出てくる。その赤は色褪せた地面を歪な色味に仕立てていく。
ああ、赤は綺麗な色だ。
剣先の血肉を振り払い、ライカはターシャを見遣った。
思った通り、ターシャは泣きそうなほどに顔を歪めていた。
「……馬鹿か、お前は」
腹の傷を手で押さえながら彼女は言う。
「約束なんて……敵同士では成り立たないだろうが」
「俺が君を守り通す、それが俺達の――何十年何百年も前からの俺達の約束だ。それを違える気はない」
「けど」
「とはいえ俺が君を守れるのはここまでだ」
それに、とライカは口端を軽く上げて呟いた。
「――俺は、フェイシアを許さない」
瞬間。
その体に衝撃が突き刺さる。ライカの体が大きく反らされる。
「……っは」
吐息に血が混じる。
「……な」
ターシャの目が大きく見開かれる。その眼にライカの胸元が映る。
投げつけられた剣が深々と背に刺さり、刃先が胸に到達していた。
ライカの国の剣だった。
「う、ああああ――っ!」
事態を理解したターシャが手にしていた棍棒を投げた。ライカの背後に隠れていたライカの同僚の頭部へ棍棒が突き刺さる。目玉が抜け、脳が欠片となり、耳がちぎれ、上顎を失った舌が露わになった。
倒れ込んだライカを支えきれず、ターシャとライカは共に地面へ倒れ込む。
「ライカ」
ライカの背から剣を引き抜き、ターシャがそばの死体から布を引きちぎる。顔を覗き込み、傷口を必死に押さえ込む。すぐさま布は赤くなり地に赤が伝う。
無駄だとわかっていながらも、その手が止血を諦めることはなかった。
「ライカ」
「……ターシャ」
今の彼女の名を呼び、ライカは手を差し伸べた。指の腹でそっとターシャの頬に触れる。知らない柔らかさがそこにあった。
彼女はフェイシアではない。けれど確かにフェイシアだ。
「……お前は、どうして馬鹿なんだ」
瞳を潤ませるその眼差しの美しさは、紛れもなく彼女のものだ。
「わざと背後を取らせたな。あの兵士が私ではなく裏切り者のお前を殺すように、私があの兵士を殺せるように……何度守っても、私はお前を守りきれない……!」
「復讐だよ、ターシャ」
ライカは笑った。
「俺を置いて、俺を庇って死んだ君への……復讐だ」
「生きて欲しかった。今度こそ、私より長く生きて欲しかった。それだけで良かった……!」
「俺もそう思った。だから、君にもう一度会うために、自分の喉を、君の心臓を貫いたあの剣で貫いた」
ねえ、とライカはターシャの頬をそっと撫でる。それでも間に合わず、ターシャの頬を伝った涙がライカへとしたたり落ちてくる。
血とは少し違う、あたたかいぬくもりが落ちてくる。
「笑ってよターシャ」
「ふざけたことを。笑えるわけがないだろうが」
「笑って。今回は一度も君の笑顔が見れなかった。そうだな……今度は老人として君が産まれる瞬間を見たい」
「わがままを言うな。それにお前が年上なんて経験上良いことがない」
「君が年上も嫌だ。同い年はもっと嫌だ」
「同感だ」
震える声を止め、唇を引き結び、ターシャはライカを見下ろした。ぼろぼろとこぼれる涙をそのままに、傷口を押さえていた手を己の頬へと伸ばし、そこにあったライカの手の甲を覆った。
「……会えないかと、思った」
眉根を寄せて、ターシャは囁く。
「探しても、探しても、見つからなくて……前世のお前が長生きしたのか、とうとう縁が切れたのか、わからなくて……二度と会えないのかと、思って」
「俺も思った。まさか敵同士という縁になっていたとは」
「縁が深すぎたか。何回も、何回も……一緒に生きてきたから」
ライカ、とターシャの声がライカを呼ぶ。血に汚れた手のひらで優しく、強く、涙に濡れたライカの手を握る。
涙に赤が混じる。
赤。
激情を燃え上がらせる、赤。
彼女の唇のような赤。
彼女の頬のような赤。
「……綺麗だ」
ライカは呟いた。呟いて、笑った。
「綺麗だよ、ターシャ」
「お前もだ、ライカ。赤に染まるお前は……いつのお前も、悲しみを覚えるほどに相応しい」
ゆっくりとターシャが微笑む。瞬きをするたびに涙がこぼれ、血と混じって赤い雫となって落ちていく。
「会えて、良かった。……また、来世も会おう。来世こそは戦場ではない場所で生きよう」
「君が、戦場以外、なんて」
「お前がいるなら戦場に拘らない。もう、拘らない。だから、もう、私の前で死ぬな。もう十分だ。もう……十分だ」
「わかった」
赤い雫に空の青が映り込む。父なる青と母なる赤が混じる。
「……来世で、待ってる」
そっと微笑む。まどろみに似た暗闇に従い、ライカは目を閉じた。
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