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「タイラー。お見合いをなさい」
「目的を伺ってもよろしいでしょうか」
「そんなもの、ひとつしかないでしょう」
呼び出された時点で、薄々は察していた。
エレーヌ・オーモンは、男女の仲を取り持つことを心の糧としている。
仲人の実績は数知れず。血縁の有無にかかわらず発揮されるそれは有名で、タイラーの周囲にも彼女の采配によって結ばれた夫婦は多い。
三十歳を間近にした親族の男が未だ妻帯せず、浮いた話のひとつも聞こえてこないとあっては、仲人の名が廃るのだろう。
エレーヌの夫はいくつもの店を経営する王都でも名の知れた実業家の一人。オーモン卿の支援を受けていることはステータスとも言われるほどだ。
そんな夫のもとで、なかば道楽のように見合いを斡旋している大叔母の行動に、嫌悪感はない。配偶者が許しているのであれば外野がどうこういうことではないし、その人脈は経営に繋がっているのだ。
(たしかこの女性も、顧客の一人だったか)
タイラーの前で艶やかな笑みを浮かべているのは、メインストリートの一角にある大型百貨店『ローゼント』のオーナーの娘だ。
百貨店独自の服飾ブランドでモデルとして活躍し、広告塔を務めている。
今日の服も店のものなのだろう。身体にぴったりと添うように作られた真っ赤なドレスは、グラマラスさを強調するように大きく胸元が開いている。
テーブルを挟んでいても感じる香水は、彼女には合っているが、店に合っているかと問われるならば否。アンティークカフェに相応しいとはいえない。
なぜこの恰好で来たのか。
タイラーは理解に苦しんだが、カフェは待ち合わせ場所に過ぎない。ここから移動しレストランで食事。その後メインストリートへ向かい、彼女のホームともいえるローゼントへ。
オーナーへ挨拶を兼ねて送り届けるのが本日のスケジュールである。
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