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ステファニーが去ったことで、タイラーの予定は空いてしまった。彼女を送り届けたあとで大叔母に報告することになっていたが、こうなっては仕方がない。在宅しているかどうかはわからないが、オーモン邸へ向かい面会を申し出ることとする。
訪れた邸では、馴染みの執事に驚いた顔をされた。訪問した旨を大叔母へ伝える役目をメイドに任せ、彼自身は水を湿らせたハンカチを手渡してくる。
汚れていただろうかと頬を拭くと、血が滲んでいた。
そういえば、あの鞄の底には金属の鋲があった。固い素材の鞄は顔をしたたかに打ち、思った以上に腫れてもいたらしい。
礼を述べてハンカチを返却。
案内されて、女主人が待つ部屋へ。
入室すると、笑みを浮かべたエレーヌと目が合った。
「報告を聞きましょう」
タイラーは、カフェに入ったところから詳細を語る。
エレーヌは黙って聞き入り、鞄を顔面で受け止めたくだりで、持っていた扇をバチンと閉じた。
「よろしい。想定内です」
「そうですか」
「ステファニーがどうしてもというから会わせましたが、貴方に合うとは思えませんからね」
婚姻を斡旋することに情熱を傾けているエレーヌにしては、珍しいこともあるものだ。失敗を見越してセッティングするなど、彼女らしくない。
訝しむタイラーに、エレーヌは肩をすくめた。
「ローゼントとは懇意にしておきたいの。オーナーから直々に頼まれたとあっては無視できません。ついでに貴方にも、見合いをしてもらおうと思ったのよ。顔合わせはできたでしょう?」
つまり、重要顧客の顔を立てただけで最初からうまくいくとは思っていなかったし、それでかまわないと考えていた、ということか。
「であれば、ステファニー・ローゼンと決裂したことは、たいした問題ではないと」
「あの娘はステータスを求めています。貴方は外見が整っていますから、それも含めて王宮職員の妻の座を手に入れたかったのでしょうが、己を甘やかしてくれない男にはさしたる興味はなさそうです。別の男を紹介しておきますから、執着もしないと思いますよ」
「ならば結構です」
「では、次の予定です」
にっこり笑ったエレーヌが告げ、タイラーは次週同刻、相手違いの同予定を、心の手帳に書きこんだ。
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