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いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。
ホテルをあとにした由衣子は綾人の運転する車で実家まで送ってもらうことになったのだが、その車内はシンと静まり返っている。
綾人も由衣子も一言も発しないまま、ふたりを乗せた車は徐々に渋滞が始まってきた幹線道路をゆっくりと進んでいく。
車内にはほんのりと甘い金木犀の香りが漂っている。その香りが由衣子の鼻腔をくすぐる。
普段から綾人が愛用している香水の香り。これを嗅ぐとなんだか落ち着いた気持ちになるのは、綾人のマンションを思い出すからかもしれない。
たった二カ月だったけれど由衣子にとってはすっかりあの部屋での生活が当たり前になっていたから。
でも、やはりもうあの場所には戻れないのだろう。
「――ありがとな、由衣子」
「えっ」
ふと運転席から綾人の声が聞こえて、助手席に座る由衣子はそちらに視線を向けた。
「俺も零士も犯人は芳人なんじゃないかって疑ってたけど確証がなかった。でも、由衣子のおかげで証拠をつかめた。だから、ありがとな」
ありがとう。綾人にそう言われて嬉しいはずなのに、手放しで喜ぶことができない。
「でも私、結局は助けてもらって綾人さんと零士さんに迷惑をかけてしまいました」
「俺も零士もそんなこと思ってねぇよ」
すぐに綾人が否定をしてくれる。
「お前が無事でよかった」
綾人の手が由衣子の髪をくしゃりと撫でて離れていく。その優しい手つきに由衣子はなんだか胸がぎゅっと締め付けられた。
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