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「あー……、なんか気が変わったわ」
由衣子はハッと顔を上げる。綾人はベンチの背もたれによりかかりながら、視線を上に向けて建物と建物の間から見える狭い空をじっと見つめていた。
「結婚してやるよ」
「え?」
今、なんて……?
由衣子は自分の耳を疑ってしまう。
「聞き間違いでしょうか。今、結婚してやるよと聞こえたのですが」
「そう言ったんだけど。一回で聞き取れよ、耳悪いの?」
相変わらずの口の悪さだ。それでも結婚してもいいと言ってくれたのは本当らしい。
綾人は空に向けていた視線を下ろして由衣子を見つめる。
「この縁談を受けてあんたと結婚してもいいよ」
たった数分の間で綾人にいったいどんな心境の変化があったのだろう。さっきまで頑なに結婚しないと言っていたはずなのに。
「ただし、ひとつ条件がある」
「条件?」
「俺がお前に落ちたら結婚してやる」
「落ちる?」
……とは、どういう意味なのだろう。
理解できずになんの反応もしない由衣子に向かって綾人が苛立ちを押し込めるようなため息を吐き出した。
「だーかーらー。俺がお前を好きになったら結婚してやるって言ってんの」
「えっ」
「意味わかる?」
「はい……」
わかりはした。けれど、本気で言っているのだろうか。
「結婚するのが自分の役目とか言ってるお前にはどうでもいいかもしれないけど、俺は結婚するなら好きな人としたいわけ」
「そうなんですか?」
「悪い?」
「いえ……」
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