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◇ ◇ ◇
「――では、ここからは若いおふたりで」
進行役の男性の言葉を合図に、両家の親が静かに席をはずした。
そのタイミングでカコーンと鹿威しの鳴る音が聞こえる。由衣子の視線は部屋に隣接する立派な庭園へと向かった。
雲ひとつない青空に向かって伸びている桜の木がそよそよと吹く穏やかな風に吹かれ、一枚また一枚と花弁を散らしていく。
(桜の雨みたい。とってもきれい)
その光景に由衣子は思わず見惚れてしまう。
ここは銀座にある老舗の料亭。立派な日本庭園を臨む個室で今、由衣子は人生初となるお見合いの真っ最中だ。
由衣子の実家は国内業界シェア第二位の自動車メーカー『花森自動車』を経営している。
長女として生まれた由衣子はいわゆる社長令嬢で、幼少の頃からそれはそれは大切に、そして時に厳格に育てられてきた。
花森家では、家長であり花森自動車の会長である祖父・一徹の意見は絶対で、従うのが当たり前。
由衣子の今日のお見合いも祖父により決められたもので拒否権は一切なかったし、そもそも拒もうとも思っていなかった。
由衣子は大人になったら祖父の決めた相手と結婚することが決まっていたし、それを受け入れて今日まで生きてきた。
先月に大学を卒業し、先週の四月二日に二十三歳の誕生日を迎えた由衣子にとってこのお見合いは至極当然のことなのだ。
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