結婚の条件

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そして、今―― 両家の親を交えた一時間ほどの食事が終わり『ここからは若いおふたりで』と進行役の男性の言葉を合図に、個室には由衣子と綾人だけが残されている。 シンと静まる室内。隣接する庭園から聞こえる鹿威しの鳴る音がやけに大きく響く。 両家の親が席を外した途端にこれまで盛り上がっていた会話もいったん止まってしまった。 ふたりきりでいったいなにを話せばいいのだろう。どちらかというと、あまり社交的なタイプではない由衣子は焦り始めてしまう。 (なにか話さないと。なんでもいいから話題を振って……) 考えた末に当たり障りのない天気の話をしようと由衣子が口を開きかけたときだった。 「やっぱ見合いなんてしんどいだけだな」 室内にふと響いた声に由衣子は目をぱちぱちとさせる。 目の前に座る綾人が退屈そうに欠伸をこぼしながら、きっちり留められていたスーツのジャケットのボタンを片手で外していた。姿勢よく座っていた体も崩して行儀悪く片膝をたてると、由衣子に視線を向ける。 「どうする? もう帰っちゃう?」 「えっ……」 綾人の言葉に由衣子はきょとんとしてしまう。 さっきまでの丁寧な言動はどこへいってしまったのだろう。今の綾人はまるで別人のように荒っぽい態度と言葉遣いだ。 それに驚いてしまったが、なにか言葉を返さなければと由衣子はそっと口を開いた。
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