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 あたしの歌に続いてスタジオ内ではアイドルグループの曲が鳴り響いていた。若さと元気を売りにしたアップテンポのミュージック。  浅黄くんはこういう音楽を嫌っていた。「媚びた音楽は売春と一緒だ」なんてひどいこと言っていつも怒っていた。どうにもストイックなひとなんだ。  あの日から結成された二人組ロックバンド“イエローサブマリン”はあっという間に話題になった。ぜんぶ浅黄くんの描く世界観と音楽のおかげ。すぐにレコード会社から声がかかり、とんとん拍子にメジャーデビューを果たした。  浅黄くんは間違いなく無二の天才だった。独特な雰囲気で綴られる歌詞と幻想的なメロディ。平凡なあたしなんかが歌っていていいのだろうかと悩んだりしたこともあった。でも彼の曲を歌うときはとても心地よくて、彼もあたしが歌うと嬉しそうで……そういう意味ではいいコンビだったのだと信じている。  懐かしい記憶。あの頃のことを思い出すと自然と笑みがこぼれてしまう。いまはもう戻れない大切な過去。  アイドルグループの歌が終わり、カフを上げる。あたしはプリントアウトされたお便りをひとつずつ、丁寧に読み上げていく。 「それではラジオネーム『眠れないナマケモノ』さんからの『走り出す』エピソード。shiraさんこんばんは。はい、こんばんは。実は私、先日自転車を盗まれてしまいました。えええっ! どこかに乗って行かれたまま、いまだに帰ってきません。バイクを盗んで走り出す、みたいな歌があったような気がしますけど、あれ本当に許せないです。shiraさんはなにか盗まれたことありますか?」 「う〜ん、そうだなあ……」  適当にトークを繋いでゆく、ぼんやりシーラカンスのあたし。ビニール傘をコンビニの帰りに盗まれたとか……そんな当たり障りのない話。あたしの話題なんてほとんどがこんなどうでもいい話だ。  盗まれたものではないけれど、あたしはかけがえのないものを失った。あたしにとってイエローサブマリンは本当に大切な居場所だった。自転車を盗まれたこの人とあたしは一緒。頼っていたものを失って、ひとりで走り出せないでいる。  潜水艦がなければ、海底はひとりで走れない。 「つづきましてラジオネーム『夢見るペンキ屋』さん。shiraさんこんばんは。イエローサブマリン時代からの大ファンです。この前、息子が大切にしていたおもちゃの潜水艦が壊れてしまいました。あららら……! でも頑張って細かい部品を修理したところ、なんと再び走り出させることに成功しました。お、おめでとう! イエローサブマリンもまた走り出したらいいのにな……なんて思ったりしています。今後、バンド復活の予定はあったりしないのでしょうか?」 「ど、どうだろうかなあ……」  曖昧な返事でその場をごまかす。いつからこんなずるい素振りを覚えたのだろう。  あたしだって走り出したい。たぶん、浅黄くんも。でも、それはできない。黄色い潜水艦はもう走らない。ねじがどこかにいっちゃったんだと思う。配管もところどころ錆だらけ。もう海には潜れない。あの日からあたしたちは止まったままだ。 「またいつか機会があれば……ですかね! それでは夢見るペンキ屋さんのリクエスト曲。イエローサブマリンで『深海』」
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