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CMが終わり、クリスマスソングのジングルが流れる。読み上げるお便りも次で最後。この仕事が終わったら、もう歌手なんて辞めよう。マネージャーさんや事務所の人たちにごめんなさいをして、もう終わりにしよう。
深い深い海の底にひとりで帰ろう。そこで何億年も前から暮らしていたかのように、静かにのんびり生きていこう。黄色い潜水艦は迎えに来ない。きっともう会いにはきてくれない。
ずっとずっと、待っていたんだからね。
「それでは最後にラジオネーム……これは匿名さんからかな。ありがとうございます。shiraさん、こんばんは。はい、こんばんは。こんなレターが読まれるはずがないってこと、僕だってわかっている。ふふふ、読んでるぞ〜!」
無理にテンションをあげて、元気よく読み上げる。これが最後の仕事だから。最後くらいおもいっきりやって終わらせたい。見栄でもいい。あたしらしく、shiraさんらしく、終わらせてあげたいから。
「ずっと君の声を聴いていた。君の歌を聴いてた。あの日から悩んで、苦しんで、ふさぎ込んでばかりいたけれど、やっぱり君のことが気になって、自分が情けなくて」
……え、これ。
「売れることなんてどうでもいいと思った。それはいまでもそう、本当にどうでもいい。いっそ売れなきゃいい、売れるはずない、そう思って書いた曲が評価を得た。この世の中は間違っている。本気でそう思った。やってられない。狂っている。そして僕はどんどんおかしくなっていった」
……浅黄、くん?
「君の歌が夢にまで出てきた。ふざけるな、迷惑なんだよと悪態をついた。それでもまた君の声が聞きたくなって。眠れなくて、イエローサブマリンの歌を聴いた。……そこに、神様がいた。僕は忙しい毎日に追われているうちに、なにか大きな勘違いをしていたんだ。僕の詩を君が歌うんじゃない。君の歌を僕が作るんじゃない。僕たちはふたりで音楽を……世界を作っていたんだ」
なに、言ってるの……なにを。
「黄色い潜水艦で深い深い海に潜って、拾い集めた言葉をシーラカンスの君が歌う。そこに神様がいるんだ。売れたかどうかなんてどうでもよくて、君と僕がそこにいるかどうかなんだ。突然逃げ出しておいて申し訳ない。本当に情けない。でも……お願い、もう一度だけあの深い海へ。一緒に走り出してはもらえないだろうか。勝手なことばかり言ってごめん。ずっと海にいる。イエローサブマリンで待っている。asagiより」
なによ、これ……ばか。
ばか、浅黄くんのばか。
──いまさら、なにを言ってるのよ!
「あの、えーと。あれ? すみません。どうしよう。なんか変なレター読み上げちゃって。ははは……行かなきゃ、だよね。行かなきゃ……行かなきゃ!」
気づいたときにはラジオなんてそっちのけでスタジオを飛び出していた。ディレクターさんやスタッフのひとの呼び止める声が聞こえても、あたしの足は止まらなかった。走り出したら止まらずに、気づけば外でタクシーを掴まえていた。
彼の育った海の町を。
イエローサブマリンを目指していた。
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