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 真夜中の海に広がる満天の星空。とっくに閉店していたホットドッグ屋の店外ではクリスマス電飾がきらめき、外にひとつだけ置かれたベンチを照らしていた。薄明かりのベンチにはぽつりと人影。そこからは静かにビートルズが聴こえてくる。下手っぴで、かすれがかったひどい歌声。ギターの音色だけは少しばかりましに聴こえた。 「戦争の歌よ、それ」  あたしの声に気づいた浅黄くんは演奏をやめ、ゆっくりと顔を上げる。暗がりのなかでもたしかに見えた彼の瞳には、かつての哀しみは感じない。なにかふっきれた感じで、浅黄くんはあたしに向かって白い歯を見せた。 「大冒険の歌だろ」 「なにそれ、都合のいいひと」  彼はへへっと笑いながら肩をすくめる。まるで悪びれる様子もない。あたしの気持ちも知らないで……本当に身勝手なひと。 「ねえ、初めて会った日のこと覚えてる?」 「あたしが空を眺めてた日?」 「あの日、君のことをシーラカンスと言っただろ」 「うん」 「僕は君の歌声に恋をしたんだ」 「え?」 「すぐに君しかいないと思った。シーラカンスをはじめて見つけたひとは、きっとこんな気分だったんだろうと思った。だから」 「なによそれ、意味わかんない」  浅黄くんがとても愉しそうに笑う。選ぶ言葉や会話のリズムが独特で、相変わらず変なひと。でもその言葉が、リズムが、とても懐かしくて、心がぽかぽかとしてきて、胸が苦しい。 「あたしだって、ずっと思ってた」 「なにを?」 「浅黄くんは天才だって」 「なんだよそれ」  冷たさが頬をつたう。次第に感情が溢れてきて、涙で顔がぐしゃぐしゃになる。ずっと待っていたんだから。走り出せないで、ずっと困っていたんだから。君のことを本当に心配していたんだから。よかった。本当によかった。  やっぱりふたりがいい。  あたしたちは最高のコンビだ。 「なあ、『イエロー・サブマリン』は戦争の歌だ」 「なによそれ、さっき違うって言ったじゃない」  あたしは涙を拭いて、無理にでも笑顔を作ってみせる。涙なんてもったいない。もうあたしたちに哀しみは似合わない。   「でも、ひとりじゃない。君と一緒なら戦争だろうと恐くない」 「へへ、また大冒険のはじまりだね」  浅黄くんが立ち上がり、ギターをベンチに立てかける。あたしのほうに近づいてきて、そっと右手を差し伸べる。あたしはその手を強く、おもいっきり、ぎゅっと握る。 「行こう。黄色い潜水艦はもう一度、シーラカンスと走り出す」 「もうどこかに行ったりしないでよ」 「ああ、約束するさ」  それからあたしたちは深夜の海でベンチに座り、星空を眺めながら一緒に歌った。あの日の思い出。大好きな曲。ザ・ビートルズの『イエロー・サブマリン』。  潜水艦の国に憧れた少年が、みどりの海を見つけるべく、太陽を目指した物語。深い海を走る彼の黄色い潜水艦には仲間もみんな乗ってきて、バンド演奏なんかもして、愉快に楽しく暮らしている。  ──そう、あたしたちもまた走り出す。  ときには眩しい太陽を目指して、  みどりの海を走り抜ける。    シーラカンスと黄色い潜水艦は、  これからも深い海を駆け抜ける。 〈fin.〉 41322d79-958d-47b0-8043-508d6f24a4ed (挿絵イラスト/さくら夢月様) https://estar.jp/users/150630643
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