私の世界を返して

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私の世界を返して

「あれ? この鏡どうしたの? 」 「ああ〜。これ〜。近くにアンティークのお店が出来たでしょう。そこに売ってて、昔からこういう鏡に憧れててね〜! 安かったから買っちゃったのよ! 」 嬉しそうに説明する母の話を聞きつつ、玄関の靴箱の棚の上の壁に掛かった鏡を見る。楕円形の少し色褪せたような金の縁どり、私の頭から鎖骨の部分までがすっぽりと写る大きさで、中世のヨーロッパや童話の中で登場しそうな鏡である。 鏡を見ながら髪の毛を整えていると、後ろに写るお母さんの影が異常に大きく見えた。 光の加減か目の錯覚かと気にも留めず、スマホを取り出して時間を確認する。 「やばいやばい! 遅刻する! 」 「行ってらっしゃい! 気をつけるのよ! 今日の晩ご飯はあんたの好きな天ぷらだからね! 」 行ってきまーす。と返事をしつつ、ふと疑問に思う。私は天ぷらは好きじゃない。もっと言えば嫌いだ。 お母さん何かの料理と言い間違えたのかな? と勝手に納得し、いつも一緒に登校する親友の真理との待ち合わせ場所に向かう。 おはよう。と軽く挨拶しつつ、たわいもない話をしながら、学校へ向かう。 教室に入り1限目の準備をする。1限目はは確か国語だったな、と教科書を出すと、クラスのみんなが出すのは、生物の教科書。あれ? 時間割間違えた? と自分の時間割表を見ると、やっぱり国語で合ってる。だが、黒板に書いてある時間割は生物で、教室の入口からは生物の先生が入ってくる。 隣の席の小山君に教科書を見せてもらおうと話しかけようと隣を見ると、小山君ではなく、違う誰かが座っていた。この人誰だっけ?というか、いつ席替えした? 「…あのぉ、教科書忘れちゃったから見せてくれない」 「ああ。良いけど」 授業を受けながら、何だかクラスのみんなが昔から知っているようで、知らない人に思える。なんでだろう?通い慣れた教室、見慣れたクラスメイトの筈なのに。 3限目の体育が終わり、自分の教室に戻り席に着くと突然、後ろから知らない女の子に声を掛けられた。 「あのー…。そこ私の席なんですけど…」 「え? 」 「確か2組の人だよね? ここ…、5組だよ 」 「えーと…、…ごめんなさい。すぐに移動するね! 」 私は5組だ。この子は何を言っているんだろう?と思ったが、他のクラスメイトの異質な物を見るような視線に気づき、居心地が悪くなり、すぐに教室を出る。 5組に戻ってみると、見慣れたクラスメイトがいた。おかしい。今日って日は本当におかしい。夢でも見ているのか?と古典的な方法だが頬を抓ってみる。痛い。ただ、それだけ。次の瞬間ベッドの上で、夢オチでしたー! なんて展開は起こりそうにない。 「紗妃、どうかした? 顔色悪いけど」 「私達のクラスって5組だよね!?」 「うん? そうだけど? ほら、教室の表示だって…」 教室の表示 「昨日のドラマ見た? 」 「見た見た! 」 「めっちゃ面白かった〜 」 「ドラマって? 前に言ってたやつ? それ放送明日じゃない? 」 「紗妃、何言ってるの? 昨日だったじゃん! 」 「えー…そうだった? 」 「ほら! 昨日の番組表! 」 「あ…れ? 本当だ……」 「まだ寝ぼけてるー? お昼ご飯食べてシャキッとしなよ! 紗妃、今日ちょっとうっかりと言うか、変じゃない? 」 いつもの仲良しメンバーから真理の手を引き、クラスを飛び出す。 「真理! やっぱり、おかしいよね! 何か変だよね!? 」 「私もずっとそう思ってた 」 「だよね! 良かった〜。 真理だけはおかしくなってなくて 」 「うん。私は何にもおかしい所なんてないよ! 安心して」 私は自分だけが変になり、ここと似た世界に迷い込んでしまった気分からやっと抜け出せた。そうだよね。おかしいのはみんなの方だよね! 真理だっておかしいって、 「だって、おかしいのは紗妃だもの」 「え? 」 私は一瞬にして氷になったように体が冷たくなり動かなくなった。 「紗妃、今日変だよね。クラス間違えたり、話してることとか全部。私の知ってる紗妃じゃない」 私は学校を飛び出し急いで家に帰る。 思い返せば、あの鏡を覗き込んだ瞬間から私の日常がおかしくなった。 もしかして、もしかしてだけど、クラスを間違えたのは、真理が私の話を否定しなかった理由は、あの鏡のせいで数字が反転してただけで、私だけが正しいからかもしれない。そうすれば、辻褄も合う。鏡に写すと写りによっては数字や文字は反転する。2と5は同じような形をしていて、逆さまに写ったのを真理は見てたのではないか。全部全部あの鏡のせいだ。 家に着き急いで玄関の扉を開ける。 揚げたての天ぷらの匂いがして吐き気すら感じる。 怖くなって鏡を取り外すために、鏡の前に立つ。当たり前だが、そこには自分が写っている。 自分? あれ? 私こんな顔してた? こんな髪型だった? 何故、鏡の中の自分は私を真っ直ぐ見て笑ってるの? ああ、そうか。 いつからすり変わっていた? 最初から?今朝から? 鏡の中の世界が本物で、私は鏡に写るだけの私だ。
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