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また暫く進んだところで、山道を数人の人が塞いでいた。
「なんか・・・・あったのかな?」
お父さんはそう言って、その人たちに声をかけた。見ればさっき前を歩いていたグループの人たちだ。
「どうしたんですか?」
お父さんがそう声をかけると、グループの一人が随分と慌てた様子で言う。
「仲間がっ、仲間がひとり見当たらなくなってしまったんです!」
「なんだって!どこだ、どの辺りで見失ったんだ!」
お父さんは少し強い口調だった。そして眉間に皺をよせたその表情から、僕は良くないことが起きたんだと思った。
「それが・・・わからなくて・・・・。俺たち皆、誰かがそいつといるだろうと思ってて・・・、気が付いたのはさっきだけど、いつからいないのか・・・」
「彼は、まだサークルに入ったばかりで、登山初心者なんですっ」
横にいた女の人が、泣きそうな声で言った。
お父さんは更に眉間の皺を深くして、ぐっと険しい顔をした。
「もう陽もくれ始めている。まだ初日のコースとはいえ、山で油断は大敵だ。もう、山小屋も近い。君たちは先に行ってなさい。私が探してこよう。いなくなった彼の写真はあるか?」
グループのうちの一人が慌ててポケットからスマホを取り出した。
「これ、今日登山開始の時に撮ったものです。この一番端にいるのがそうです!彼は斎藤武といいます」
お父さんは自分のスマホを取り出すと、写真を送って貰って頷いた。
「少し前に分かれ道があっただろう。あそこには立ち入り禁止の札が立っていたんだが、今日は誰かに壊されていたからね。きっとそっちへ行ったんだろう。大丈夫、必ず見つけるよ」
グループの人たちは皆今にも泣きそうで、何度も何度もお父さんにお礼を言った。
「大丈夫だ、心配はいらない。けど、念のため山小屋へ着いたらすぐに救助要請をだしてくれ。あぁ、私の名前は長瀬健司です」
不安そうなグループの人たちにお父さんはそう言うと、僕を連れて今来た道を引き返す。
「ごめんな、空。お前はまた、俺が余計な事をしたと思っているか?」
隣で歩くお父さんが、苦笑いをしながら僕に言った。
僕はお父さんを見上げて、笑顔を見せた。
そんな風に思う訳がない。誰にでも優しいお父さん、困っている人を放っておけないお父さんが僕は大好きなのだから。
立ち入り禁止の分かれ道まで戻る頃には、もう陽は落ちてすっかり暗くなっていた。
「空、ここからは危ない。俺から離れるなよ」
『わかった!』
僕はお父さんにピタリとついて歩いた。
「おーい、斎藤くーん、いたら返事をしてくれ―」
お父さんは何度も何度も、その斎藤という人の名を呼びながら歩いた。
昼間あんなにも僕たちを優しく迎えた山は、夜になるとまるで別人のようだ。
空気は一気に冷たくなって、風の音も、流れる水の音も、全部がまるで僕たちを薄ら笑っているようで怖かった。
時折、山の獣か、鳥か、何かの気配とバキっと枝の折れるような音に最大限に警戒態勢をとった僕をお父さんが優しくなでてくれた。
「空、怖いか?ごめんな、お前まで巻き込んでしまって。けど、俺は消防士だ。山で初心者が一晩明かすなんて下手したら死んでしまう。とてもそれを見過ごせない」
『大丈夫だよ、お父さん。僕はお父さんと一緒にいるよ!』
こんな時、本当に僕の気持ちを伝えられないことがもどかしい。
「止まっていると体が冷える。さぁ、頑張ろう!」
僕は再び、お父さんと歩き始めた。
「おーい、斎藤くーん、いるかぁ?いたら返事をしてくれーーー!」
お父さんは何度も、何度も叫んだ。
その時だ。
どこからか、人の声の様なものが聞こえた。声というより悲鳴に近い。
それはお父さんにも聞こえたようで、辺りをライトで照らし目を凝らしている。
「斎藤君か!そこにいるのかっ!」
お父さんがそう言った時だった。
それは一瞬の出来事だった。
大きな石の影から出てきた人は、何かわからない言葉を発狂しながら駆けてきて、そのままお父さんに体当たりをした。
僕の目の前でお父さんの身体が傾き、すぐ後ろの木に叩きつけられてから山の斜面をお父さんの身体が転がり落ちた。
『お父さんっ!!!!』
僕の言葉にならない叫び声が暗い山中に響いた。
「ぅっ・・・・・っ・・・・・さ・・・・っ・・・さいとう・・・君だな・・・・」
斜面の下の方、暗がりから苦しそうなお父さんの声がした。
お父さんにぶつかってきた人は、怯えたように頭を抱えて何かを叫んでいる。
「斎藤君、大丈夫だ。落ち着くんだ。大丈夫。大丈夫だよ」
「うぅ・・・・ぁぁぁ・・・・・はぁ・・・・ぁ・・・・」
斎藤という人は、ガクガクと全身を震わせながらゆっくりと僕を見た。その目は空ろで、とても恐ろしいと思った。
「心細さでパニックになったんだな。大丈夫、落ち着くんだ。そこにライトが落ちてるだろう?・・・うっ・・それを・・・持って君はその道を戻りなさい。・・・分かれ道で左に行くんだ。うっ・・・道なりにだ。・・そうしたら山小屋がある。君の仲間はそこにいるよ。山の中で一人で心細かったろう?・・・・うっ・・・よく・・頑張ったね。大丈夫、・・・ライトを照らして良く見て歩くんだ。いいね?」
お父さんはとても優しい声で話していたけど、時折聞こえるうめき声。どこか痛くしたのかもしれない!
斎藤はカクカクとした動作でゆっくりとお父さんの落としたライトを見た。
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