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幼なじみ
中村大輝こと“大ちゃん”は絵が上手なのんびり屋さん、花沢とし子こと“花ちゃん”はしっかり者で姉御肌、そして俺、高野良介こと“リョウくん”は活発なスポーツ少年。
全てがバラバラな俺たちは、所謂「幼なじみ」というやつだ。
元々母親同士が幼なじみで、疎遠になっていたらしいが、同じ幼稚園の同じ組に偶然入園し、意気投合した。
親同士の仲が良いと、必然的に子ども同士も仲良くせざるを得なくなる。
でも、親同士の仲が良いからと言って、子どもたちも仲が良くなるとは限らない。
特に、絵が描きたい大ちゃんと外でボール遊びがしたい俺は壊滅的に合わなかった。
「お外いこーよー」
「ぼく、お絵かきするねぇ」
「じゃあとし子、リョウくんとお外行くからねー」
誰かの家に行き、母達がリビングで思い出話に花を咲かせるたびに、俺たちは毎回このやり取りをしていた。
俺と花ちゃんで外に行き、一通り二人でできるボール遊びをするのだが、ものの十分ほどで飽きてしまう。
飽きた花ちゃんは花壇の花を愛でたり、飛んでいる虫を追いかけたりする。
そして俺は、ボールを手毬のようについてみたり、花ちゃんの動向を眺めたりするのだ。
しかし、やっぱり飽きてしまって、「寒いね」をどちらかが言い、部屋に入る。これもいつもの流れだ。
部屋に戻ると、たくさんのクレヨンで描かれた画用紙がそこら中に散らばっていた。
画用紙もクレヨンも大ちゃんの物で、どこに行くにもいつも持ってきていた。
俺は、これがあるから毎回同じやり取りをしないといけないと思って、うんざりしていた。
「あ、おかえりぃ」
何も思ってない様に、のんびりとした口調で話す。語尾を伸ばすのは大ちゃんの癖で、余計のんびりに聞こえて、彼だけ時間のスピードが遅かった。
「何かいてるの?」
「これがリョウくんでぇ、これが花ちゃんでぇ、これがぁ、ぼくー」
「はなちゃん?」
この時、花ちゃんは“花ちゃん”ではなかった。
花ちゃんは“花沢とし子”だったから、みんなからは“としちゃん”と呼ばれていた。
そして花ちゃんは、この“としちゃん”というのを嫌がっていた。
「可愛くないもん」
同じ組に“としくん”がいたのが問題だったのだと思う。
しかし嫌だと分かっていても、俺は“としちゃん”と呼んでいた。代わりの名前を考えるという発想が俺には無かったからだ。
大ちゃんもそうだと思っていた。
しかし、“花ちゃん”と呼んだ。
「はなちゃん……」
「花ちゃんはお花好きでしょー、あとぉ、お花のように可愛いから“花ちゃん”」
「花ちゃん……可愛い!!」
彼女はたいそう喜んだ。
ここから“としちゃん”は“花ちゃん”になる。
「でも、花沢からじゃないんだね」
俺は二人に近づき、呟くように言った。
「はなざわ?」
幼稚園の年長だったから、大ちゃんは漢字をよく知らない。
「花沢の“花”は、お花の“花”と同じなのよ」
賢い花ちゃんは、大ちゃんの描いた絵の上に、“花沢とし子”と書いた。
「花ちゃんはかしこいねぇ」
外で遊ばない大ちゃんは大福みたいに太っているから、笑うと頬が盛り上がって目がなくなる。
「大ちゃんの“大”は大福の“大”だ」
俺がその隣に“なかむら大き”と書く。
他の漢字は、よく知らなかった。
「リョウくんすごいねぇ」
大ちゃんは変わらずニコニコしている。
「他はこうよ」
隣にいた花ちゃんが“中村大き”と書き、得意気な顔をした。
「“き”は分かってないじゃんよ」
「リョウくんよりかは書けたわ」
「じゃあこれは書けるか」
俺は“高野良介”と書いた。
「自分の名前でしょー」
花ちゃんがリスのように頬を膨らます。
「じゃあこれはどうだ!」
そこからは知ってる文字合戦になった。
大ちゃんのクレヨンと画用紙を奪い、文字を書いていく。
その様子も大ちゃんはニコニコとして見ていて、全く文句を言わずに、俺らが書いた文字の横に絵を描いていた。
「ふたりともすごいねぇ」
そう言われながら、俺も花ちゃんも得意になって書いていった。
俺たちはバラバラだった。
好きな物も得意なことも全て。
でも三人でいると、毎回空気が暖かくなった。
時間が穏やかに流れていき、いつも春みたいで、それはとても心地が良かった。
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