謎の生命体Hと天然記念物Sとの遭遇について

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 むずむずする──。  人生で初めて履いた短いスカートも、淡いピンク色のニットも詰め物されて膨れた偽物の胸も、編みこまれた短い髪も大きなリボンも、1時間掛けて塗装された変なにおいがする顔面も重い睫毛もベタベタする唇も何もかも……。    無意識に股が開いてしまっていないか確認の為、落とした足元に見える先の尖ったパンプスに今更驚いて(そら)は顔を上げる。  レストランバーの円形ソファの向かい側では自分にそっくりな双子の姉・(ひかり)が、上機嫌で両隣に座る男たちに自分には一度も見せたことのない満面の笑顔を作って盛り上がっていた。  本当は視力が悪くてほとんど見えてはいなかったが、姉の発する声で大抵の見当はついていた──。 「悪い、遅れた」とその時、宇の頭上で男の声がした。  少し薄暗い店内で宇は反射的に男の顔を見上げたが、視力が悪すぎてピントが合わず、眉間に皺が寄る。 「ぷっ」と男が笑う気配だけは分かり、しまったと宇は眉間に手を当てた。 「なにそれ、隠したの?」 「ごめんなさい! 視力0.5なんです!」  宇は体の向きを元に戻して必死に男の視線から逃れるように俯いた。ガン見されて男だとバレようものならこの世の終わり、何よりも恐ろしい姉の怒りを買う。「アンタに幾らバイト代払ったと思ってんの?!」とすでに反対側から怒気がここまで漂って来ている。  男は相変わらず宇のリアクションがツボだったようで笑いながら「少し寄って」と宇の隣に腰掛けた。 「あれ、向かいの子と同じ顔してるじゃん。双子?」  男はジントニック片手に星を見た。星が明らかにワントーン高い声で返答し、テンションを上げたのを肌で感じ、この男が星の本命なんだと宇はすぐに悟った。  このままここに座っていたら姉に殺害されてしまうと、宇は顔からすべての血の気が引くのを感じた。   ──そもそもなぜ、男である宇が星曰く“完璧なる女装”をしてここへ座っているかというと、姉が大好きなインディーズバンドの打ち上げと呼ぶには外面の良い、単なる合コンに誘われたからだった。  参加するにあたって同性の敵は少ないほうが良い。そして選ばれし女Aが双子の弟である宇だったのだ。  更に双子という強力アイテム。男たちのファーストインプレッションは抜群、星的に掴みは完璧だ。あくまで宇の役目は冒頭の掴みのみ、挨拶が終われば永遠に飲み食いして一言も発するなというのが星の望みであり、宇もそのつもりだった。  欲しかった新発売のゲーム機を買う資金を姉がくれるというシンプルかつ、極致たる条件で宇はこの恐ろしい戦場へと足を踏み入れたのだ。  そして今隣に座った男こそ、星の本命でボーカルのHAKU(ハク)だと思われた。  どうすればいいんだと宇はゲーム以外に普段使っていない脳味噌を必死にフル回転させる。  席を替わるにしても今まで一言も発していなかった置物のような自分が「席替えターイム!」とアルコールも入ってない状態で言えというのか? いや、それはあまりにも不自然だし、なんだったらこのテーブル全体の空気を瞬間で破壊しかねない。席替え云々は幹事の男が率先するのが本来自然なのではないかと、かつて読んだ何百にも渡る漫画とラノベを脳内に召還しながら宇は必死に思考する。
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