氷の種子

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* 「学部どうすんの」  さして重くも軽くもない調子で、三歳年上の兄が尋ねてくる。医学部三年生の兄は、実家から大学まで片道四十分ほどかけて電車と徒歩で通っていた。  有名私立大学の医学部に現役合格して両親はかなり喜んでいたが、医師である父と元医師である母の元に生まれれば周りからは当然のことのように扱われる。  それでも両親は兄の合格を心から喜んでくれたので、そんな両親を見て本当にうれしかった。当然のことだと思われがちだが、兄にとっても両親にとっても僕にとっても家族の大学受験は一大事であるし、兄がどれだけ勉強してきたかは、同じ塾に通う僕が一番よく知っていた。  実際同じ塾に通う僕でも兄のような成績は取ったことがないし、高校も兄の方がランクの高い進学校で、僕はもう少しランクが下がる進学校。そこで一桁の順位が取れなかった。中学生までは簡単だったのに世の中は広い。 「医学部にするよ。他に興味があることもないし」 「そっか」 「兄貴のようにいい大学は無理だけどさ」  自嘲気味だがいたって明るく答えた。兄との格差は今に始まったことではない。 「いや、それはお前の好きにすればいいと思う。父さんも母さんも、医者にこだわる必要ないってゆってくれてるし、最悪全員医者じゃなくてもいいってゆってるくらいだからさ」 「そうだね。でもまあ、さすがに病院は誰かに継いでほしいだろうけどね」 「それは、まあ、そうだろうな……」  三男である弟は今中学三年生で、今年度は高校受験。たぶん兄と同じ高校を目指している。  末っ子長女である妹は、中学受験もしない小学五年生でまだ進路のことなどは全く考えていない。平日も土日もバスケ三昧で、母が練習や練習試合、公式試合にほぼ付きっきりの状態だった。僕や父も都合のいい日はそこに便乗するといった感じで、家族みんなで妹を応援していた。  僕たち四兄弟は運動もそれなりによくできた。兄は部活はしていなかったが、習い事として体操とサッカー、弟は部活でサッカー、妹はクラブチームでバスケ、僕は部活で陸上をしていた。  兄はバク転でくるくる回れるし腹筋割れまくり、弟は県大で準優勝、妹は全国も経験していた。  ちなみに僕は長距離が得意だったが、県大でそこそこレベル。何だか勉強と同じで昔からぱっとしない。そういう星のもとだと諦めている。 「俺が病院継いでもいい?かみやま小児科内科」  兄は最初の質問と同じように、さして重くもない軽くもない調子で聞いてきた。 「いいよ」  いくら両親が誰も医者にならなくていいとはいっても、誰か一人には病院を継いでほしいと思っているのは明らかだった。 「本当に?」 「うん。医学部に決めたの最近だし、まだ先のことはわからないから。やっぱりやーめたってなるかもだし」 「じゃあ俺は内科医になる。んで、後を継ぐ」 「うん」 「お前はさ、脳外科とか心臓外科とかいってバリバリ手術したい感じ?」  僕は思わず少し上擦った笑い声を上げた。 「ごめん、そんな自分が全く想像できなかった」 「だろうな。俺もできない」  兄は目を細めてからからと笑う。  兄なら腹筋バキバキの優しい内科医、小児科医になれると確信していた。
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