氷の種子

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   *  席替えがあり、椿伶也の後ろの席になって心がざわつくのがわかった。彼は異次元に住むペガサスのようで、僕はいつもわけもわからず後ろの席で身を縮めていた。何に対してかはわからない畏怖が常にそこにあった。  席だけではなくスポーツテストでも、なぜか一緒になることが多かった。たいてい出席順番なのだが、僕の後ろは椿くんではないはずなのに、たまたま休みや見学が多かったのか一緒に組まされることがやたらとあったのだ。  か行とた行ってけっこう離れてるのに何でだ、と考えても答えが出ないことを必死に考え顔を赤くした。  一緒にスポーツテストを受けることで、彼の運動能力がかなり高いことが自ずとわかる。短距離も速い、握力も強い、腹筋の回数は勝ちそうで負けた。運動神経にはわりと自信があったのに、唯一勝ったのは持久走だけだった。 「運動神経いいんだな」  彼の低いハスキーボイスで体が振動するのがわかった。 「僕のこと?」  僕以外には誰も見当たらなかったがあえて確認する。 「うん。神山(かみやま)のこと」 「椿くんには負けると思うんだけど」 「オレはスポーツしてるし」 「部活?」 「いや、クラブチームかな。神山は何もしてなさそうなのにびっくりしてさ。中学のときは何かしてたでしょ」  僕は愛想笑いを浮かべた。緊張して上手く笑えない。 「中学生のときは陸上部だったよ。長距離選手」 「なるほど。それで持久力があるのか」 「でも椿くんとほとんど同じだったし、他のは全部負けたじゃん」 「短距離も同じぐらいだったぞ」 「いや、椿くんが断然速かったよ。短距離も苦手ではないんだけどな」  僕は少し上目遣いで椿くんを見ると、ちょうど目が合って思わず顔を背けた。 「いや、あれは身長差って感じ。他のも全部僅差だったよ。ほんとすげー意外。適当にやろうと思ってたのに、悔しくてかなり本気出したもん」  椿くんはわしゃわしゃと大声で笑った。掠れた声ははつらつとしているのにどこか艶っぽさもあった。僕はもう一度ゆっくりと顔を持ち上げ、椿くんのはち切れそうな笑顔をそっと見つめた。
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