氷の種子

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   *  高校二年生の秋になっても成績は相変わらずだった。  受かりそうな医学部ももちろんあったが、あまり大学を選べるような成績ではない。そこまでして医者になりたいのだろうかと自問自答をする日々が続く。  レベルが高いならまだしも、レベルの低い私立大学の医学部に入って何千万も払うのってどうなんだろう。僕にそんな価値があるとは到底思えなかった。  椿くんとは席が離れてからもときどき話すことはあった。彼が気さくな性格なおかげも幸いしている。  十一月に入ったくらいの昼休憩、椿くんはクラスメイトの男子たちに囲まれていた。お昼は寝ていることが多いので、あまり人に囲まれることはないのだけれどその日は違った。 「明日試合なんだけど、真っ昼間だからみんな見に来て!」 「真っ昼間って珍しいの?」 「珍しいよ。いつもなら早朝とか、夜とか夜中とか理不尽な時間帯が多いから」 「何じゃそりゃ」  周囲の生徒たちは笑っていたが、椿くんはそうでもなかった。 「いや、マジマジ。アイスホッケーってそういうスポーツなの。だから、よかったら試合見に来て。無料だし絶対おもしろいから。山中(やまなか)はバスケ部だろ?バスケ好きな人は絶対好きだと思う」 「そうなの?」 「うん。めっちゃスピーディーだから。バスケよりはボディーコンタクト激しいけどそのためにめっちゃ防具つけるし、ガンガン当たりながら攻めるよ」 「マジか……自転車で行ける?」 「ちょっと遠いけど自転車でも行ける。電車なら一回乗り換えって感じかな」 「んー、じゃあ、部活終わって間に合いそうなら行こっかな」  山中の言葉に椿くんはうれしそうに笑った。本当にうれしそうだった。 「あ、神山。明日、試合なんだ。よかったら見に来てな!」  僕を見つけると、先ほどのみなと同じように誘ってくれ、同じように笑う。椿くんはそういう人だった。それがうれしくもあり、どこか物足りなさも感じていた。  翌日僕は迷いながらも試合を見に行った。  椿くんは本当に誰でもいいから見に来てほしくて、アイスホッケーのおもしろさを広めたいと思っただけだということはわかっていた。だから僕が見に行く必要は一ミリもないのだけれど、後一年か二年の付き合いだろうし、この先二度と彼の晴れ姿を見ることができないと思うと、そっと覗きに行くことにした。  正確な時間は聞いてなくて、昼過ぎくらいと言われたのを思い出して、自分の思う昼過ぎに出かけた。  到着するとどこかのチームが試合をしていたが――というより、白黒で印刷されたパンフレットを見たら一日中試合が組まれていた――それが椿くんのチームかそうでないかはわからなかった。  防具をつけているし、ヘルメットをかぶっているし、動きが速くて人の区別がつかない。体の大きい人と小さい人と髪を結んでいる人くらいしか選手の判断材料がないのだ。  ただわかるのは、スケート靴が氷を削る音、人が壁にぶつかる音、パック(アイスホッケーでいうボールらしい)が壁にぶつかる音、スティックがパックを打つ音など、会場は音、音、音で溢れ返っており、音で埋め尽くされていた。  わけのわからない鳥肌がたった。緊張でもないし、興奮でもない。怖れでもないし、喜びでもない。全ての感情を打ち消す闘志のようなものだった。  
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