氷の種子

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 試合の途中でふとある人物が目に入る。背中にREIYAの名前と背番号80が刻まれていた。 「あれだ……」  僕は声に出して呟いた。  椿くんは氷の上を泳ぐように走っていた。滑っていたという言い方が正しいのだろうけれど、確かに走っていたのだ。  走って走って敵に食らいつくと、上半身、いや、ほぼ全身で下から上へと突き上げるようなタックルをすると、パックを持っていた相手チームの男が一瞬よろめき、その隙にパックを奪ってターン。一気に敵ゴールへと向かった。  敵は敵でディフェンダーがどっかりディフェンスをしてくる。椿くんはすごい速さのパスを出し、味方がそのパックをしっかりスティックでとらえて受け取った。レシーブでカンッと激しい音が場内に響き渡る。  あの速さのパックを受け取るって一体どんな馬鹿力かと思うが、それはアイスホッケーの普通らしかった。  そしてそのままダイレクトでシュート。キーパーが弾くとすかさず椿くんがこぼれだまをゴールへと押し込んだ。  椿くんはガッツポーズをして仲間たちと拳を合わせ、最後にすごい速さでキーパーの元へ行き同じように拳を合わせた。拳といっても馬鹿でかいグローブでだったが。  上手く言えないがすごいスポーツだと思った。バスケより広いコート、もといリンクに、バスケよりもスピーディーかつ、攻撃的な内容。大げさほどの防具を身につけていたが、全く大げさでさなかった。  気がつくと試合は八対一で危なげなく終わりを迎えていた。 「守瑠(まもる)、守瑠!」  知り合いに会いたくなくてさっさと会場を後にしようとしたが、エントランス付近で名前を呼ばれて動揺しつつ振り返ると、そこには椿くんが立っていた。  ヘルメットを脱ぎ、後頭部の髪の毛は汗で濡れてくしゃくしゃになっていた。額から汗が滴り、白い顔がいつも以上に白く光り艶かしい。防具をつけスケート靴を履いているせいか、元々大柄な体がさらに大きく見え、何かの映画に出てくるヒーローみたいに逞しかった。  僕はその姿を見て目のやり場に困るほどドギマギした。普段、昼休憩や授業中さえ寝ている姿とのギャップがあまりにすごくて言葉を失う。 「来てくれたんだな」  自身の髪の毛のようにくしゃっと笑う。 「……うん。す、すごかった。勝ったよね、おめでとう。ホント、かっこよかった」 「だろ?アイスホッケーってめちゃめちゃかっこいいんだ。日本ではマイナースポーツなんだけどさ」  もちろんアイスホッケーはかっこよかったが、僕がかっこいいと言ったのは椿くんに対してだった。勘違いされてよかったとも思う。あまり男が男にかっこいいと連発するのもおかしい気がした。 「今、シーズンだからこれから三ヶ月くらいは試合、合宿、試合みたいな感じなんだ」 「じゃあ、授業中の居眠りはさらにひどくなるのかな」 「はは、間違いない。夜遅くて朝早いんだよな、このスポーツは」 「これでよく毎回いい成績取れるね」 「短時間集中型だな」  今になって名前を呼ばれたことを思い出した。神山、ではなく守瑠と。まもる、という名前がものすごく尊いものに思えた。 「じゃ、また月曜日な」  椿くんは軽く手を振って足早にチームメイトの元へと戻っていく。ミーティングか着替えか、その前にわざわざ声だけをかけに来てくれたようだった。
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