きみの手に未来はかがやく

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「通訳する人になって世界中を回る」 「危ないからやめろ。海外は銃の社会なんだぞ」  彼女の発言に、俺は即座に反応した。  なじみのカフェでコーヒーを飲みながら。  アクリル板越しに見る彼女は、フレンチブルドッグを思わせる容姿だ。 「じゃあ大工さん」  なんだその方向転換。 「ダメだ。お前の顔に傷がついたらどうするんだ」  俺は食いぎみに言った。  女がやる仕事じゃない。あと、なんか資格いるだろ?  それに、そんなガタイがよかったら、はしごとか足場の方が耐えきれないんじゃないか? 「就職って難しい」  彼女はテーブルに突っ伏してしまった。  そこで俺が手をのばして頭ぽんぽんしてやる場面のはずなんだが。  アクリル板が邪魔だな。  コロナウイルスめ、憎たらしい。 「お前にはもっとふさわしい役があるだろう?」  俺くらいしか見向きしないんだからさ。  このスタイリッシュな俺が。  彼女は顔をあげて、しばらく俺を見つめた後、にっこり笑って言う。 「わかった」  わかってくれた。  よし、これで俺が内定をもらえば完璧だ。  女の幸せは結婚と子育てに決まっているからな。  そして数か月経った。  数社受けたが、全滅した。  俺だって本当は一年でも長く学生を続けたかった。  働くのは小遣い稼ぎ程度で十分だよ。  が、例のウイルスまん延のせいでアルバイトもなくなった。  俺は部屋にいる時間が長くなった。  床ドンすればご飯が出てくる。そんな生活に慣れてしまうと、就職活動が馬鹿らしくなってくる。  腹も出てきた。  カーテンを閉め切った自室で、俺はぼんやりテレビを見ていた。  また新しいアイドルが出てきたな。  なんか小猫を思わせる容姿だ。  軽くトークした後、歌い始めた。  どっかで聞いた声だな。  こんな声の子が身近にいたような。  ……って、俺の彼女じゃねーか!  歌って踊れるMCかよ!  アグレッシブすぎるだろ!  こんなに可愛いかったの!?  人ってこんなに変われるものなの!?  や、やべー! 誰かに取られる!?  推すだけで満足する野郎だけならいいけどな。  交際申し込む強者もたまにいるんだろ?  俺は部屋を飛び出した。  そのままの勢いで階段下りようとしたが、腹が出ているせいで足元が見えない。  踏み外さないよう壁に手をついて慎重に下りていく。  どうにか一階にたどり着くと、母親が待ちかまえていた。 「何? 飯の代わりに小言でもくれるっての? 俺はそんなに暇じゃない」  何か言われる前に先制攻撃だ。 「まず就活を再開して、いや筋トレが先か? あ、資格も取らないと!」  やることがたくさんある。  いったいどこから手をつければいいんだ。  母親は冷静に言った。 「まず、やせろ」  ですよね!
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