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子供の夢の遊びの国
気が付くと辺り一面が白いモコモコの広い場所にいた。足の下も、ところどころ丘や木みたいに盛り上がってるのも白いモコモコ。雲というかマシュマロというか。踏みしめると柔らかくて弾力がある。見上げた空はスゥっとするような気持ち良い水色だ。
「こんにちは」
ボクと同じくらいの子が3人、笑いながら声をかけてきた。知らない人なのに、向こうはボクを知ってるみたいに見える。
「……こんにちは。あの、ボク……」
どうしたらいいかわからないボクが口ごもると、3人はなんでもないように笑って口々に言った。
「僕たちはここの案内係なんだ」
「よろしく」
「遊ぼうぜ」
「……遊ぶの?」
「おう!」
いきなり誘われて驚いたけど、すごく嬉しい。思い切り遊んでみたかったんだ。
「何して遊ぶ? 鬼ごっことか、あっちみたいに縄跳びでもいいよ」
指差した先には縄跳びを回して遊んでる子がいた。いつのまにか周り中が遊んでる子供だらけだ。走り回ったり、サッカーしたり、一輪車に乗ってる子もいる。
「サッカーでもいいよ」
「何か好きな物ある?」
「鳥!」
あ、間違った。遊ぶこと聞かれたのに。恥ずかしくて顔が熱くなる。でもみんなで遊んだことないからよくわからない。
「鳥が好きなんだ」
「え? ……うん」
間違ったと思ったのに笑って聞いてくれるから、今度は嬉しくて顔が熱くなった。
……鳥が好き。窓からいつも見てる。どこにでも飛んでいけるし、仲間と楽しそうに鳴いてるのもいい。
「じゃあ、作ろっか」
「え?」
「この白いのでなんでも作れるんだぜ」
どういうことだろう?
1人の子が白いモコモコを千切って、手で丸め両端を引っ張って羽みたいに伸ばした。それをくるんだ両手を口につけて息を吹き込む。なにがなんだかわからないボクの目の前に、両手を差し出してゆっくり開いた。覗き込んだ手の中には白い小鳥がちんまり座って、小さい黒い目でボクを見上げている。それからピョンと立ち上がって、ごく普通にパタパタと飛んでいった。
驚き過ぎて動けないボクを見て、3人はイタズラが成功したみたいに笑ってる。
「驚いたろ? やってみろよ」
「え!? ボクにもできるの?」
「誰でもできるよ。ここにいるなら」
「どういうものにするか考えて作るんだよ」
すごいすごい!
早速、モコモコを千切って手でこねる。いつも窓から見てる白と黒の鳥がいいな。羽の部分を伸ばして手でくるみ、見たとおりに息を吹き込んだ。くるんだ手の中でモソモソ動く感じがする。ドキドキしながら手を開くと、想像した鳥が手の中で頭をキョロキョロさせていた。
「っわぁ!」
嬉しくて叫んだボクの声に驚いて、鳥は慌てて飛んでいってしまった。
でもすごい!
「元気な鳥だな」
「可愛い鳥だったね」
「うまくいったろ?」
「うん!」
嬉しくて楽しくてそのあともいっぱい作った。
カエルを作ってそこら中飛び跳ねさせたり、ネコを作ったら欠伸して寝ちゃったり、オウムを作って変な言葉を教えたり、みんなでお腹が痛くなるくらい笑って遊ぶ。
「ボク、鳥みたく飛んでみたいんだ」
あんまり楽しくて、やってみたいことがポロっと口から出た。
「あ、……えと」
「いいな、それ! じゃあさ、でっけー鳥作って上に乗ろうぜ」
「いいね」
「よし、すごいでかいの作ろう」
小さい子みたいなことを言っちゃって、恥ずかしくなって誤魔化そうとしたら、大きい声で楽しそうなことを言ってくれた。みんな笑って賛成してくれるから、すごく嬉しい。
みんなではりきって白いモコモコを丸めて、いっぱいくっつけて大きくしていく。4人乗れるか大きさを確かめながらくっつけた。モコモコは千切ってもまた元通りに膨らむから好きなだけ千切れる。
形ができたあとはみんなでゼイゼイいいながら息を吹き込んだ。息を切らしてるのに笑わせられてよけいに苦しくなって、それが可笑しくてもっと笑う。
そうして息を吹き込んでたら、急に動き出して慌てた。
「急げ! 乗れっ!」
伸ばしてくれた手に掴まって鳥の背中に乗り込んだ。背中の羽を掴んで飛び立つのを待つ。
バサッバサッ、と大きな羽が羽ばたいてぐんっと空に昇った。風が顔にあたる。目の前がぜんぶ空の水色だ。
「おーすげー」
「うわー」
「すごい早いっ」
どんどん空へ昇る。ボクは本当に空を飛んでる。ドキドキして胸がいっぱいだ。
「見ろよ! こっち指差してる。おーい」
下で遊んでる子たちがボクたちに気づいて驚いてる。ボクたちは得意になって笑いながら手を振った。白いモコモコの山を掠めるたびに、ヒヤヒヤドキドキして声を上げる。ジェットコースターってこんな感じかもしれない。
ボクたちしかいなかった空に、いつのまにか鳥に乗った他の子が増えてきた。3人乗りや、1人乗りの鳥で編隊を組んで飛んでる子たちもいる。あ、ラジコンみたいな飛行機も! あれもいいな。
お互いに手を振って、追い越したり追い越されたりして遊ぶ。空を飛んで遊べるなんて夢みたいだ。
ふと気づくと水色の空がオレンジ色になっていた。鳥は静かに地面へ降り立ち、ボクたちも鳥の背から地面へ降りた。
ボクたちが離れると、鳥のくちばしや足、尾羽の先、あちこち端のほうからホロホロ崩れ出した。ホロホロと崩れた欠片がオレンジ色の空気に、白い地面に溶けて消えていく。
「消えちゃう……」
「もう帰る時間だから仕方ないんだ」
空を見上げると、あんなにたくさん飛んでた鳥も飛行機もいない。ぽっかりしたオレンジ色が広がっていて、とても寂しくなった。
「まだ帰りたくない。もう少しだけでいいから遊びたい」
悲しくて俯いたら、ボクの足先もホロホロ崩れているのがわかった。手を見たら、ホロホロ崩れて指がぜんぶ消えている。
「……ボクも帰るんだね」
「そうだよ」
「……また遊べる?」
「うん」
「待ってっからな、いつでも来いよ」
「また遊ぼうね」
3人は笑顔で頷いてくれた。寂しくて悲しいけどまた遊べるなら大丈夫。これまでだってずっと待ってたんだから。
「次も鳥に乗りたいな」
「そうだね」
「一人ずつ作って競争しようぜ」
「楽しみにしてる。またね」
「うん、またね」
ボクの体はホロホロ崩れ、ボクもオレンジ色に染まって消えた。
***
カーテンを開ける音と眩しい朝日で目を覚ました。
「おはよう、もう朝よ。検温してね」
看護師さんが体温計をボクに手渡す。脇に挟んだ体温計がいつものようにピピっと鳴った。
「今朝は熱がないね。顔色も良いし。体調は?」
「いいよ。楽しい夢を見たんだ」
「あら、いいわね。どんな夢?」
「えーと、……思い出せない」
看護師さんは思い出せたら教えてねと笑って病室を出て行った。
夢を思い出そうとしても、頭はぼんやりしたままで一つも思い出せない。起きたときは覚えてたはずなんだけど。なんだっけ? とにかくすごく楽しい夢だった。でもまた見れるからいいか。あれ、なんでそう思うんだ?
自分でも不思議だけど、当たり前のようにそう思った。どんなに楽しみなことも病気でダメになってばっかりなのに。まあ、いいか。そのうち思い出すかもしれないし。今日は天気が良いな、きれいな水色だ。
ボクはいつになく楽しい気分で空を見上げた。
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