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休憩室のドアを開ける。誰も居ないが室内は荒らされた跡があった。滅茶苦茶になったコーヒーメーカーや撒き散らされた茶葉が床に散らばっている。いつもなら整然と並んでいるテーブルや椅子もひっくり返ったりして見るも無惨な状態だった。
(高梨とここで一緒にランチを食べたのは……一ヶ月前だったかな。高梨のカレが浮気をしてるかもって悩んでいたっけ)
遥か昔の出来事のようだ。忙しかったり多少不満があったりもしたが、平和な日常だった。
閉められているカーテンを捲り確認したが、記憶通り嵌め込み式で窓は開けられない。
(割るしかない)
転がっているイスを一つ掴んでみる。脚は金属になっているから、これなら窓を割ることが出来るかもしれない。
再び頭痛がさざ波のように押し寄せ始める。ジワジワと押し寄せて、波は少しずつ大きさを増していく。
(まだよ、まだ待って。脱出するまで待って!)
こめかみにズキンと激痛を感じ、歯を食い縛った。
キリコはカーテンを片手でさっと捲ると、イスを頭上に掲げて力いっぱい窓ガラスに叩きつけた。
ガシャン! と弾けた音が、また大きな刺激となって頭痛を助長する。キリコはあまりの痛みに呻りながらその場にしゃがみ込んだ。
(頭が……頭が割れる……)
チカチカとする目の前に亡くなった母の残像を見た。
(ああ、お母さん……まだよ。もう少しだけ待って。迎えに来ちゃだめ。だって私はマヒロに……)
母の笑顔が曇ったような気がして心臓を鷲掴みされた。
その直後だった、肩に痛みを感じて振り返る。
「稲葉センセ……」
注射器を持った稲葉医師は険しい顔をしてキリコを見下ろしていた。
「首の後ろ……噛まれたね? 君はもうダメなんだ。すまない」
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