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始まりは救急搬送されてきた上島雅功だった。救命救急士に噛みつき、驚いて抑えようとした看護師にも噛み付いた。それに付き添いで来ていた上島家の女性もあちこち傷だらけだったらしい。
病院内でかん口令はひかれていた。なんていったって、ここいらを牛耳る上島一族の事だ。
田舎ならではの閉鎖的な人間関係、並びに古くから圧倒的な財力で街のあらゆる事業に名を連ねる一族。誰も彼らには逆らわない。この街に住むということはそういうことなのだと病院に赴任して二ヶ月目にはしっかり理解していた。
上島一族の特に本家の人々は尊大で王族よろしくかしずかれていることも目にしていた。
その本家の次男雅功が運び込まれてきたと聞いた時、既にキリコの脳裏には嫌なものが渦巻いていた。まさかここまで酷いことになるとは思っていなかったが、確かに不気味な影を感じていた。
雅功が連れてこられた翌日には、一般の受け入れを拒否し、病院は完全に封鎖された。理由は新型コロナの感染流行にしてあったが、熱外来まで設けて受け入れ態勢を整えていた前日までの姿勢を知っていた者たちには不自然極まりない理由だった。
初めこそ、入院患者の家族や、これまで通院していた人々からの苦情の電話が鳴り止まなかったが、誰も電話に出ないとわかるとそれも次第になくなっていった。
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