魔女

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 彼とのデートも回数を重ね、ついにその日が訪れた。彼がホテルに誘ってきたのだ。  最後に夫と夜の営みを持った日のことなど、記憶にもないくらい遠い過去。自分が女であることを忘れてしまいそうになるくらい、男女の刺激とは無縁の日々を送ってきた。そんな私の身体を、彼は求めてきた。  彼と腕を組んだまま、ひと目を気にするようにラブホテルへと忍び込む。私の暮らす街からはずいぶんと離れた繁華街のホテルなのに、なぜか知人の目を意識し、警戒する自分に吹き出しそうになった。  まるで古城のようなホテル。恋愛の没入感を冷まさぬよう、隅々まで行き届いた装飾。エントランスの妖艶なライトに照らされた私が鏡に映る。素性を隠したまま彼を虜にする魔性の女――いや、魔法で美しさを手に入れた魔女が、そこには立っていた。  部屋に入ってからも彼は紳士的だった。性欲のままに襲いかかってくることもなく、落ち着いた様子で脱いだ服をハンガーに掛ける彼。コンビニで買ったお酒やおつまみを、テーブルに並べてくれた。 「よかったら、先にシャワー浴びてくる?」  女性のエチケットへの配慮も欠かさない。そういった細やかな部分に、いちいち好感を持ってしまう。この後に待っているだろう彼との濃密な時間を想像すると、身体のあちこちが熱くなってきた。  まるで世間知らずな少女のような足取りで洗面所に向かうと、鏡に信じられないものが映っていた。 「えっ?!」  彼に気づかれてはならないと、咄嗟に声を押し殺す。  そこには20代前半の瑞々しい女ではなく、50代前半の疲れ切った女が映っていた。  魔法がとけた?!  このままじゃマズい。彼に見られるわけにはいかない。正体を知られたあとの展開を想像すると足が震えた。  とにかくこの場から姿を消さなくては。  私は小走りで部屋に戻ると、荷物を鷲掴みにし、マフラーで顔を覆いながらドアへと向かった。 「どうしたの?」  枕元にある照明の操作盤をイジっていた彼を置き去りにするように、「ごめんなさい。急に体調が悪くなって――」そう言い残し、私は部屋を飛び出した。
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