第五章 敵陣進攻  十四話:絡みつく尻尾

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第五章 敵陣進攻  十四話:絡みつく尻尾

「霊虎にぃー、防御網ぅ、張られたー」  まさかの展開。  マジか!? それは……、まったく想定していなかったぞ。くそうっ! 「シタハル、何かいい案はあるか?」  が、返事はない。というか、思念会話がうまく機能していない。 「ダメじゃろう。恐らく孤立させられておる」 「まさか……、まさか、こっちが閉じ込められるとはな……」 「うむ。よほど力に差がなければできぬことじゃからのぅ。霊虎にしてみれば、捉えさえすれば簡単に料理ができる、とでも思っておるのであろう」 「これ、防御網を(せば)めて来られると、とんでもなくヤバいんじゃないか?」 「どうであろう。その可能性は低いやもしれんな。防御網を狭めれば、トンネルも守れぬし、下級霊も守れぬからな。そうなれば、霊殿も黙っておらん、好機とみて動くであろう」 「なるほどな。じゃあ、ひとまずは逃げ回るとして、捕まった時のことを考えると、分散していてはマズいよな」 「そうじゃな。いったん集まった方がよかろう」 「よしっ!」  マルチでシャルとサルメに思念会話を飛ばす。 「聞いてくれ。いったん集合する。サルちゃんは九番トンネルを経由して、シャルは八番トンネル、僕らは十一番トンネルに計測札を貼り付けて、十番トンネルのさらに下、緊急時集合ポイントに集まって欲しい。霊虎を撹乱(かくらん)するため、コイツの防御網の至る所に刺激を与えて回ってくれ。思念会話はこの会話を最後にする。ムリはしなくていいぞ! 逃げることを、命を最優先だ!」 「ほーい」「…………」  シャルからの返事がない。まだ逃げきれていないのか! くそうっ! 「シャルが追われているようだ。また、交戦しているかもしれない」 「うむ、そのようじゃな。なに、一度離脱しておるし、逃げることだけが目的であれば、簡単にやられることはないじゃろう。サルメと合流して、それでも音沙汰がないようであれば、その時は助太刀に参るぞ」 「わかった。ロクは空間移動に専念してくれ。ネモーリは下級霊が襲ってきた際の迎撃を頼む。僕は霊虎を撹乱するために、あちこちに霊圧エネルギーを放つ。集合ポイントについたら霊圧エネルギーを表に出さないようにするぞ!」  十一番トンネルにつくと、ロクは計測札を貼り付け、僕は天叢雲剣を使い、上の方に少しばかりの霊圧エネルギーの散弾を飛ばす。すぐに気配を消すように、十番トンネルのさらに下へと移動する。不足の事態の際、集合する予定にしていたポイントの一つである。気配を消し、全体の様子の把握に努める。 「まいったな。やっぱり霊殿との通信もムリだな」 「うむ。これでは計測札を貼り付けたはいいが、トンネルを塞ぐ塊の転送もムリじゃろうな」 「ロク、霊虎のこの防御網、どれくらい保てると思う」 「わからぬ。ワシなら十五分という所かのぅ」 「霊虎なら二時間はいけそうだな」  ここで、サルメが到着する。イワンツォとリツネも無事のようだ。 「気付かれてないか?」 「うーん。わからないけどー、たぶん大丈夫ぅー。防御網にかかったところでー、砂鉄玉を撒いてきたよぉー」 「なるほど、さすが! ナイスだ!」 「うへへー。で、どーするのー」 「シャルがまだ追われているようだ。助けに行く。場所の特定がいる。僕はまだ感知がうまくできないから、敵にバレないように小さなエネルギーで捜索してみてくれないか?」 「わかったー。任せてー」  サルメがそう言って目を瞑り、捜索を開始しようとしたとき、シャル班が到着した。 「スミマセン。霊虎に追われて、思念会話をする余裕もありませんでした」 「ああ、シャル、無事でよかった。うまく()けたか?」  ひとまず胸をなでおろす。クーリエとリモーリは無事だが、シャルは少女サイズまで小さくなっていた。ともあれ、これで全員が集合できた。 「ええ、なんとか。ギリギリでしたが、どうにか……」 「霊虎の霊圧エネルギー量はどうだった?」 「相変わらず、圧倒的で、絶望的なものですよ」 「そうか……。束になっても難しそうか?」 「はい。最初の遭遇で、逃げる隙を作るのに、四肢をもぎ取られました」 「回復してやりたいところだけれど、今は難しいな。ここがバレてしまう」 「わかっています」 「残りはどれくらいだ」 「半分といったところです」  もう一度状況を整理してみる。全員で対峙したとしても、霊虎を討ちとるのは難しい。回復薬もない。霊殿との通信はムリで、現時点では炭化ケイ素の転送もできない。もちろん各所に貼り付けた計測札も、初めのものはともかく、あとで貼り付けた分は計測情報も送信できていないであろう。今の僕らにとって唯一の利点は、時間を追うごとに霊虎は霊圧エネルギーを消耗していくということだけである。 「よし。情けないけれど、逃げ回って撹乱を続けよう」 「その作戦、我らのメリットは何じゃ? 撹乱せずとも、ひっそりと避け続けてもよいであろう」 「そうだな、それを組み合わせようか。分散して、気付かれそうになったら……」 「それもダメじゃ。分散していては、霊虎は防御網を保ったままで、見つけた班をつぶせてしまう。そもそもそれゆえ、集まったのであろう」 「……そうか…………」 「どうした、史章。らしくないのぅ。トンネルの封鎖は二の次でよいのじゃ。今は全員が生きて戻ることじゃ」  そうだった。僕はやはり人間だった。ロクはあえて指摘しなかったのだけれど、僕は自分の命がどうなろうと、富士の噴火を止めないといけない、そう思ってしまっていた。隙を見て、まだ設置できていない箇所に計測札を、なんとか貼り付けだけでもできないものか、と考えてしまっていた。そしていつの間にかその使命感を、自分の命だけでなく、ロクら霊界の霊命すら同じように捉えてしまっていた。  富士の噴火は行き過ぎた人間の死者数になるかもしれないが、霊虎のエネルギー源になってしまうかもしれないが、そもそも霊界にとって困るというものではない。霊虎の存在ですら、バランスを大きく損なう可能性が高く、将来において不安要素となる得るから取り締まる、ぐらいなのである。もちろん砂鉄爆弾による報復の想いはあるかもしれないが、今生きている霊たちの命と引き換えにするというのは、本末転倒なのである。  この状況になって、いや、この状況だからこそ、僕はようやくそのことに気付けた。 「……すまない。僕は、ちゃんと考えられていなかったようだ」 「よい。史章の気持ちがわからぬわけではない」  そういうと、ロクは改めて全員を前に、逃げ回る作戦を話した。霊虎に位置を悟らせないように移動先を固定せず、煙り玉や砂鉄玉もふんだんに使い、自分たちのエネルギーの消耗を抑えるために、空間移動の際はひと固まりで、空間移動をする係りは交代でその役割を担うようにした。シャルの回復は、僕の中に入れて行ったとしてもバレてしまう危険性が高かったので、シャルにはエネルギーの消費を抑えることにのみ専念させた。  ロクとサルメ、クーリエとイワンツォが空間移動を交代で行う。九名分の移動はやはり負担が大きいようで、移動役はその度にその霊体の姿を一回りずつ小さくしていった。僕と生霊の三名は移動先で下級霊に遭遇したときにその一掃をしていたのだが、そもそも敵の居なさそうなところへの移動であったため、下級霊との戦闘はほんの数えるほどだった。  三十分ほど逃げ回っていただろうか、突然、霊虎が防御網を解いた。 「罠でしょうか?」  シャルが小声でポツリと言う。 「罠でも構いません。このチャンス逃すわけにはいきません。みんな繋がって。わたしが空間移動します!」  エネルギーを消費し、いつもの姿に戻っているロクはそう言うと、全員がこれまでのように体を寄せ合って、肩を抱き合う。イルカ霊のクーリエだけは、シャルの小脇に抱えられていた。  次の瞬間、大きな地響きがした。恐らく霊殿との通信も回復し、トンネルを塞ぐ炭化ケイ素を転送したのだろう。確固たる根拠があったわけではないが、それぐらいしか思いつかないような大きな地響きだった。そうでなければ、富士山の噴火ぐらいしか想像できない。  これをチャンスと捉え、ロクが空間移動を始めようとしたその時である。  僕の右足が、霊虎の尾に絡み取られた!  ―― !! ――  僕の右側にはシャル、左側にはネモーリがいた。  シャルは左脇にクーリエを抱えていたので、  僕の肩に回された腕は、ネモーリの右腕だけだった。  咄嗟に、僕は回した両腕を離し、  ネモーリが回した腕も振りほどく!  僕以外の全員が、空間移動をしていった。  ロクが離れたと同時に、僕の視界も失われた。  次の瞬間、霊虎が目の前に現れた。  周囲の様子は見えてはいなかったが、  霊虎の姿だけはハッキリとわかった。  霊虎の尾は、僕の右足から胴に、  その巻き付けの位置をするりと変える  そうしてそのまま、来たときに最初に見た  ぽっかりと空いた大きな空間に移動した  周囲に明かりが灯る。  まるで僕のためにそうするように。 「なぜすぐに殺さない」 「ずいぶんと派手にやってくれたものよ。一息で殺したのでは腹の虫が収まらぬわ」      ※     ※     ※  よしっ! 脱出に成功した!  全エネルギーを使って、全力で姉島まで空間移動した。わたしの霊圧エネルギーはもうすっかり使い切り、姿も小さく、史章のいう所の小学生ロクにまでなっていた。 「霊殿までは、シャルかサルメかにお願いします」 「ロク……。大変です……」  シャルが青ざめた顔をしている。 「どう……」  どうしたのかと、そう切り出した矢先、サルメがすぐさま、霊界へ空間移動した。ほどなくして、無事、霊殿前広場に到着した。ひとまず、誰も死ぬことなく戻って来れた。よかった。 「サルメ、そんなに慌てなくても。姉島には防御網があったでしょう?」 「ごめーん。でもぉー……、こーするしかー……」  サルメは(うつむ)き、唇を噛んでいる。なに? どうしたの?  サルメはひと呼吸おくと、目をぎゅっと瞑り、顔を上に向け、 「回復薬ぅー! はやくー!!」  大声で叫んだ!  シャルとサルメの表情に、言い知れようのない不安を覚える。  その正体を探るべく、周りを見回す。  ネモーリとクーリエが下を向いて、悔しそうにしている。  シャルはわたしを真っすぐ見ている。  悲しみに溢れた、涙を溜めた目で、わたしを見つめる。  ―― いないっ! ―― 「史章は? 史章はどうしたの!!」  誰も、何も言わなかった。 「大変……。助けに行かなくちゃ」 「ロク、状況把握が先です!」 「早く……、早くいかなくちゃ」 「態勢を整えてからです。サルメ、ロクを捉えて!」 「なに言ってるの、シャル。あなたも早く……行くわよ」  わたしが空間移動をしようとしたその時、  後ろから、サルメの球体に襲われた。  暴れる霊魂を捉え、抑えるモノ。  初めて受けたのだけれど、  本当に何もできなかった。  いや、  普段ならどうにでもできたかもしれないが、  今はもう、霊圧エネルギーがなかった。  力が入らなかった。  意識が遠のく。  史章……、お願い、生きていて……。  必ず、助けに行く……。      ※     ※     ※ 「ナムチ、ロクはどうした?」 「はい。カプセルに押し込みまして、眠って頂いております」 「うむ。シャル、経緯を説明せよ」 「はい。タカは……霊虎に捕まりました……。足首に尾が巻き付いたのが……、チラリと……見えました。……わたしも、タカが腕を離したのを不思議に思って……、ようやく……そのときにようやく……気付いたので、……何をするにも間に合いませんでした……。何も……できませんでした……」  シャルは悔しそうに、言葉を絞り出すように、報告をしおった。 「シタハル、何かわかるか?」 「霊虎が再び防御網を張る直前に、タカさんから思念会話が届いていました。『炭化ケイ素が撃ち込める状況になれば、可能な限り撃ち込め! 霊虎は恐らく僕を殺せない、下手に救助に動くな。僕からの連絡を待て!』と来ました」 「ふむぅ。サルメ、そちはどう思う」 「うーん、なにか策があるのかなぁー。でも、タカくんならぁー、機を(うかが)ってるかもー」 「あいわかった。救助のための準備を万全に整えよ。その上で、連絡、もしくは進展があるまで待機せよ。  アルタゴスは防御網が解けるタイミングですぐに、一発でも多く撃ち込めるよう準備を進めよ。ナムチよ、ロクの気持ちの安定と回復のバランスを頼む。シタハル、タカの救助の作戦を可能な限り立案せよ。案ができ次第、ワシまで報告せよ。  以上、全員が(きた)るべき瞬間に、最大のパフォーマンスが発揮できるよう準備しておくのじゃぞ!」
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