第五章 敵陣進攻  十話:イルカやコウモリや史章

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第五章 敵陣進攻  十話:イルカやコウモリや史章

「いや……、その提案はとても嬉しいものだけれど、今回はやはり要らないよ」  僕のその発言に、シタハルがキッと目を剥いて声を荒げる。 「どうしてですか! 本当にギリギリの状況、姉島にはたどり着いたものの、もう霊界に戻る余力もない状況の時に、確実に助けになるハズです!」 「シタハル、ありがとう。確かにそうなんだけれど、でもそんなギリギリの状況にあるときには、完全に霊虎と戦っているってことだろうだから、そもそも順当に作戦を進めた部隊から十五分以内に姉島には行けない状況にある可能性の方が高いんだ。  それに、その姉島に行きさえすれば回復薬があるという希望が十五分で消えてしまうのであれば、それはむしろ戦意を失うきっかけになりかねない。初めから回復薬はないという背水の陣の覚悟で臨んでいる方が、作戦の成功率も上がると思うしな。  まあでも何よりも恐ろしいのは、やっぱり霊虎に回復薬が渡ってしまうことだ。アイツの手に渡ってしまったが最後、今の僕らにアイツを倒せる可能性は、本当にゼロになってしまう。だからこそ、回復薬が漏れてしまう可能性が少しでもあるのであれば、それは止めた方がいい。  せっかくのアイデアをすまない……。でも、これがあの霊虎を戦ったことのある身としての、素直な思いなんだ」 「そうですか……。いえ、ボクの方こそすみません。いつも戦っていらっしゃる皆さんの心理や思いまでは考え切れていませんでした」 「うん。でも、これに懲りずに、今みたいな意見はどんどん、遠慮なく言ってくれ。お前の霊虎に対する想いは、全部じゃなくても、少しぐらいは理解しているつもりだし、そういう意見を出してくれることは本当に嬉しいんだ」 「タカさん……、いえ、こちらこそ、そのようにおっしゃってくださって、ありがとうございます。大丈夫です。どんどん意見させていただきます」  シタハルは目を伏せ、頭というか、体全体を傾ける。ふわ綿流の礼なのだと、ちゃんと伝わってきた。 「よし、では作戦の詳細を詰めて参るぞ。むろん、背水の陣を敷いての作戦じゃ」 「シタハル、三部隊とも一斉に動かすとして、成功率の高い初回アタックはどのトンネルを狙うのがいいんだ? 僕の素人考えでは、マグマだまりの元ともいえる、フィリピンプレート近くの三本だと思っているんだが……」 「ええ、ボクも初めはそう思っていたんですが、霊子コンピューターで計算させてみたところ、結果は想像とは違うものでした。マグマだまりから一番遠いといいますか、本来なら別の山のマグマだまりへ向かうハズだったマグマが、トンネルによって富士のマグマだまりに引き入れられてしまう、そういうトンネルから塞いでいくのが、最も効率の良い方法という結果になりました。この図を見てください」  先ほどの富士地下トンネル状況図。それに、番号が付されていた。フラスコのように描かれたマグマだまりの底部から、玉ねぎの根のように掘削された五本のトンネルには、右から一番、二番と五番まで番号が付されている。一番から三番のトンネルの下には、少し間を開けて『人』の字のように、さらに二本のトンネルがそれぞれ伸びていて、同様に右から六番、七番と十一番まで番号が付されていた。 「この図で、もしトンネルがなければ、富士のマグマだまりではなく別のところへ向かっていく可能性が一番高いのは、五番になります。反対に、トンネルがなかったとしても間違いなく富士のマグマだまりに向かうであろうものは、二番です。ここまで、大丈夫ですか?」  なるほど、そういうことか。周りを見回してみても、みな同じく理解をしたようだった。 「皆さんご理解いただけたようですので、そのまま霊子コンピューターの結果をお出しします。順位は塞ぐべき優先順位となります」  ―― 五番、四番、六番、十一番、七番、十番、九番、八番、一番、三番、二番 ―― 「なあシタハル、霊虎は僕らが初めに考えていたような、間違った認識でいてくれるだろうか?」 「それは、さすがにわかりませんねぇ」 「それがわかればどうなるというのじゃ? タカよ」 「いえ、警備の手薄なところにサルメを、警備が厳重そうなところにロクを、と考えていただけです」 「なるほどのぅ。よかろう。ではワシが決めてやろう」  そういうとねこ父が手元にある端末を、器用に肉球で操作し始めた。ほどなくして「よし!」というと、シタハルに目で合図を送る。シタハルはそれを手元で確認すると、壁面に表示させた。  ―― サルメ班:六番、十一番  シャル班:五番、四番  ロク班:七番、十番 ―― 「ああ、なるほど。そういうことですね。理解しました」 「うむ、よろしく頼むぞ」  ねこ父の考えとしては、シャル班が単独で離れた位置を遂行し、ロク班はサルメ班の近くで遂行しながら、サルメ班のフォローもしっかりして欲しい、というものだった。  その後、具体的なタイムスケジュールや実行中の危機管理対応、各班の担当オペレーターの決定などが決められた。 9eee6331-9ec8-4f9b-a926-ea5ae7cacff6      ※     ※     ※  十五時、会議が終わり、三十分後に僕の肉体改造手術が行われることとなった。  リモーリのところへ行き十八時に時間が空くことを伝えると、その足で医療部へと向かう。オペ室へと案内されて入ると、ナムチの他三名のスタッフが慌ただしく準備をしていた。手術台に上がり、横たわる。僕は割と健康に恵まれていて、これまで現世でも、おおよそ手術台というものに上がったことはない。まさか初めての手術が霊界でとは、なんとも滑稽な話である。 「タカさん、麻酔しますか? 痛みなどはありませんので必要はないのですが、眠っていた方が安心だというのであれば、小一時間程度の量を投与しますが」 「そうだな。切開などすることはないんだろうけど、たぶん落ち着かないだろうから麻酔を頼むよ」 「わかりました。では、目覚めたころにはすべて終わっていますので、安心してお休みください」 「ああ、よろしく頼む」  口元に吸入用マスクを被せられたかと思うと、僕は瞬く間に眠りに落ちた。  目が覚めると、僕はカプセルの中にいた。すこしキョロキョロと辺りを見回してみるが、とくに視界に違和感はない。すると、僕の覚醒に反応したのか、プシュ―と何かを排気するような音を立ててカプセルの蓋が開いた。  ナムチがこちらの方にやってくる。が、そこで初めて違和感に気付く。 「目が覚めましたか。いかがですか?」 「うん。特に問題はなさそうなんだけれど……」  どうも目が霞んでいるようで、思わずゴシゴシとこすってみる。けれど改善はされない。 「どんな風に見えていますか?」 「焦点が合ってないとか、そういうことはないんだけれど、なんとなく霞んで見えるというか、白っぽく見えるというか……」 「では、振り返って、カプセルや機材を見てください」  言われるがまま振り返り、カプセルに視線を落とす。何の問題もなく普通に見えている。輪郭もくっきりと、ハッキリと見えている。その他にも機材のケーブルや端末などを見てみるが、同じく問題なかった。 「問題ありませんか?」 「ああ、問題ないぞ。これまで通りだ」  そういって、もう一度振り返りナムチに視線をやると…… 「あ! お前たちだけが白っぽく見えるのか!」 「うまくいったようですね。では、他のスタッフはどう見えますか?」 「みんな白っぽくぼやけてる感じだぞ。これでうまくいったのか?」 「ええ。それでは、あの扉の向こう側はどうですか?」  扉の方を見やると、そこには間違いなく部屋を仕切る壁と扉がある。が、壁のところにもいくつかの白くぼんやりとした影が映っていた。その白くぼんやりとした影は、あるものは定位置にじっとあり、あるものは動いていた。 「もしかして、この白っぽいのが霊体たちなのか?」 「そうです。それがこの部屋の向こう側にいるスタッフたちです。まだ慣れていないでしょうから、ぼんやりとしているでしょうが、そのうち慣れて意識が進むと脳内で再生できるようになり、はっきりと見えるようになります」 「壁の向こう側にいる霊体まで見えるってことか。すごいな」 「ええ、慣れてくればもっと先まで見えるようになるでしょう。あとは、キャスミーロークさまの磁波に慣れてください。その磁波を識別できるようになれば、霊体だけでなく、この壁の向こうの物質もおおよそ見えるようになります」  本来人間の眼、網膜には上下左右が逆転した映像を映している。それを脳内で元に戻して僕らはモノを見ている。つまり眼から入ってきた映像情報を、自然と理解できるように変換しているのである。  初めてこのことを学校で習ったときには衝撃を受けたのを覚えている。子供心に、『もし今ここで、脳内の逆転変換が出来なくなったら、僕はこの机の間を縫って歩いていけるのだろうか?』と本気で心配していたものである。  ナムチの話を聞いて、ふと、この人間の眼の仕組みと脳の関係についてを思い出したのだが、なるほど人間には元々そういう機能があるのだから、その磁波の識別からの映像変換というものも出来そうな気もする。ただ、この脳内の逆転変換は生まれた瞬間からみんなができているのだ。あくまでも先天的な能力なのである。  けれど、今回のこの磁波を識別して脳内で映像に置き換えるというのは、たった今から、後天的に獲得しようというのである。本当にそんなことができるのだろうか? 「なあ、こんな肉体改造したのって、当然、僕が人類史上初めてのことだよな」 「ええ、そうでしょうね。心配になってきましたか?」 「ちゃんとこの機能を活かせるようになれるか、ってことにな」 「ハハハハ。そちらの心配ですか。それなら大丈夫ですよ。哺乳類であるイルカやコウモリなんかが似たような機能を有しておりますし、何よりタカさんはわたしたちをすっかり認識できるようになっていますから」 「え? あれ? 普通の人間は、お前たちを認識できないのか?」 「ハハハハ。相変わらず面白い人ですね、タカさんは。わたしも関門海峡任務のときは宮司も居ましたので姿を見えやすくしていましたが、今は至って普通にしていますからね。普通の人間には視認できないハズです」  そういわれて、改めて気付かされた。確かに初めの頃は、小さい従霊なんかは見えていなかった。ロクと一緒に霊殿内を歩いていて、ロクが急に僕にぶつかってきたりすることがあり、どうしたのか聞くと『うん、小さい子が一生懸命荷物を運んでいるの』などと言われることがあったのだ。いつの間にかそういうこともなくなり、すれ違う従霊はきちんと見えるようになっていた。 「ともあれ、目の方は良好そうですね。筋繊維の方はどうですか? もちろんここで大きな動きはできないでしょうが、違和感とかそういうのはありませんか?」  自分の体を改めて確認してみる。確かに、少し筋肉がついたような気がする。手を強く握ってみる。なるほど、これは確実に握力が上がっているのがわかる。 「うん、これはいい感じだ。力に溢れているのがわかるよ。どのくらい増やしてくれたんだ?」 「筋繊維は、速筋繊維二十パーセント、遅筋繊維十パーセントを増やしています。ミトコンドリアは細胞当たり二十五パーセントほど増やしました。もちろんすべて消費するものですから、維持のためにはちゃんとした運動が必要ですよ」 「ハハハ……。とりあえず明後日の作戦までは訓練もあるから大丈夫だと思うよ……。その後の維持は全く自信ないけどな」 「そう言わず頑張ってください。筋力を十五パーセント増やそうと思えば、本来ならとても大変なことなんですから」  まあ、そうなんだろう。それでもな、人には向き不向きってのがあるんだよ。  僕はナムチにそれを言うことはなく、お礼を述べて医療部を後にした。
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