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第五章 敵陣進攻 十一話:筋繊維とミトコンドリアの効果
肉体改造手術も終わり、今から訓練の再開である。が、その前に技術部へ立ち寄る。
新しい眼のおかげで、技術部の扉を開ける前に働いている霊体が十体ほどいるのが瞬時に分かった。これは確かに、今までよりは戦えそうである。今までは本当に目で見て数を把握していたのだけれど、それが感覚でわかるのである。それはなんというか、体を触れられているような感覚に近い。人間は目を瞑っていても、誰かに腕や足を触られると、それを確実に知覚することができる訳だが、それぐらいハッキリと自分の知覚圏内にいる霊体を認識できた。
「アルタゴス、天叢雲剣を訓練に持っていってもいいかい?」
「タカさん! 手術、終わりましたか。どうですか?」
「ああ、まだ慣れないでいるけど、可能性は感じてきているよ。これまで見えてなかった防御網なんかもハッキリ見えるようになったしな」
「よかったです。剣、大丈夫ですよ。あ! せっかくなんで、あの青い閃光を放ってみてくれませんか? データを取りたいです」
「それはいいけど、こんなところでぶっ放して大丈夫なのか?」
「ちゃんと設備があります。ちょっと準備しますので三十秒ほど待ってください」
そう言い終えるが早いか、アルタゴスは技術部のスタッフに何やら指示を出しはじめる。すると一斉にスタッフが飛び交って準備をする。きっかり三十秒、皆が配置について機材チェックをしていた。
「タカさん、そちらの部屋に。完全防壁の仕様ですので、安心して放ってください」
「わかったけど、剣は?」
「呼び出すところからお願いします。因みにその部屋は当然、強固な防御網が展開されていますので、それを超えてしまう様子も捉えておきたいのです」
僕は部屋に入る。アルタゴスをはじめ、技術部の面々は透明な壁の向こうに並んでモニタリングしている。僕は剣がどこにあるのか聞かされていなかったのだが、これまでしてきたように手元にあるイメージをし、天叢雲剣を呼び出す。強固な防御網があるらしかったが、なんということもなくいつもの通り、剣はすでに手元にあった。
「それでは霊虎のホログラムを出しますので、そこに向かって放って下さい」
スピーカーを通してアルタゴスがそう言うと、霊虎のホログラムが目の前に現れる。
「どのぐらいの力で放てばいいんだ?」
「今から訓練もあるでしょうから、二十パーセントぐらいでやってみてください」
「わかった」
二十パーセントと言われて正確に出来るわけではないのだが、簡単に考えて五回ほど打てるぐらいの量の気を溜める。あれ? なんかいつもより集まる気の量が多いような……、まぁいいだろう。溜めた気をいつものように剣へと移動させるのだが、アルタゴスがデータを取りたいと言っていたので、心持ちいつもより丁寧に、ゆっくりと移していく。剣全体が青白くビカビカと光るのも、いつもより丁寧に整え、霊虎のホログラムに向けて放射した!
―― ドォォォオオオン!! ――
凄まじい衝撃と音が室内に響き渡る!
ホログラムの先には、威力を吸収する何かがあったのだろうが、粉々になり、室内は粉塵が巻き起こる。
あれ? これは……やり過ぎたのではなかろうか……。
辺りは真っ白で、何も見えないし、息をするのも憚られた。さっさと退避するべく隣の部屋に移動すると、アルタゴスがぼうっと、口を開けて突っ立っていた。
「えっ!? 大丈夫じゃなかったのか? やり過ぎ?」
「い、い、いえ、……だ、大丈夫です…………」
「ちっとも大丈夫そうな反応じゃないところが気になるんだけれど……」
「あ、あ、スミマセン。計測器など機材的には問題ありません。放ったところは元々壊れるようになっているものですから大丈夫です。ただ、あまりにも大きなエネルギー量に驚いてしまいました。今ので二十パーセントなんですか?」
「んー、そうだな、間違いないと思うぞ。ちょうどロクの一段階とちょっとを回復するぐらいのエネルギー量だし……」
「いや、今のはキャスミーロークさまの全力と同じ程度でしたよ……。驚きました。本当にすごいエネルギー量を作り出せるんですね」
「そうなのか……、自分では全くわかっていないんだけどな」
「ともあれ、これを元に分析を進めておきます。明朝にはいろいろ出ていると思いますから、今後の攻撃、防御の組み立てに役立つと思いますよ」
「ありがとう。よろしく頼む」
※ ※ ※
演習場に行くと、今日の訓練はひと段落ついているようで、みな座り込んで休息をとっている、というかへばっていた。僕が近づくとリモーリは力なく笑って言う。
「ああタカさん、スミマセン。さすがに武霊の皆さまの訓練はとてつもなくハードでして、もうエネルギーが残っていません」
「そりゃお疲れ様だったな。医療部から回復薬をもらってこようか?」
「いえ、もうそれも摂取済みなんです。つい今しがた、栄養剤も摂取したんですが、それでこの有様です」
「そうか、じゃあ、明日にしよう。大丈夫、無理に頼んだのは僕の方なんだし。それに、ロクやシャル、サルちゃんが強くなってもらう方が重要で、僕は後回しで全然いいんだ。明日もまだあるから、今からは回復に努めてくれ」
「お気遣いありがとうございます。ホント、スミマセンでした」
そういって笑っていると、
「史章、ちょっと回復してください。わたしがお付き合いしますよ」
「ええ!? いや、回復はしてやるけど、お前との訓練はごめんだぞ。どうせまた、ボロ雑巾のように扱われるんだろうから」
「そんなことしませんよ。史章にも強くなってもらわないと、わたしが大変になるんですもの」
「ウソをつけ! そんなニヤニヤ楽しそうにしてるのはおかしいだろうが!」
「大丈夫ですって。ホラ、早く回復してください!」
「なんで回復される側がエラそうなんだよ、まったく……。じゃあ一回分、回復するぞ」
僕は文句を言いながらも、ひとまず回復してやる。まあ、筋繊維とミトコンドリアの増量がどれぐらい効果があるか、ちょっと試しておきたかったのもあるから、軽くやってもらうとしよう。
「あれ? これで一回分?」
「うん、そのつもりだけれど……。少ないか?」
「ううん、ちょっと多い気がするけど……」
「そうか……。さっきもおかしかったから、ちょっと明日調整しておこうか。ひとまず今はこれでいいだろ?」
「ええ。じゃあ、打ち込んでいきますよ。スピードへの対応をやっていたのでしょう? 三割程度の速さで始めて、スピードだけ徐々に上げていきます」
僕は天叢雲剣を中段に構える。ロクは刀を手に持ち、左右上中下段、全方向から打ち込んでくる。さっきの木刀とは違って、互いに剣と刀である。キンッ、キンッ、キンッ、と打ち合う音が場内に響く。
「おい、これって受けが出来なかったら、切断されるってことか?」
「力は弱めてますけど……、そりゃあ、ねぇ。でも、あとでちゃんと治して差しあげますから心配いりませんよ」
「いや、治すとか治さないとか、そういう問題じゃなくてな……、痛いんだよ、ふつうに」
「痛い思いをしたくなければ、頑張ってください。それにしたって、おしゃべりしながらなんて、ずいぶん余裕がありますね。五割に切り替えますよ」
「おいおい、ちょっと早くないか?」
「できることだけをやっても意味がないでしょう?」
そう言い終える前に、ロクは速度を上げる。が、このスピードになってようやく気付いた。午前の時とは違って、腕が思うように動くのだ。午前のときは『左下』と思ったとしても、そこまで剣を動かすことができなかった。けれど今は違う。自分が思ったときに、思った位置に剣を持っていくことができた。
「ついてこれていますね。では、六割行きます」
「おーい、早すぎるって! もう少し慣れてから……」
「でも、そんなに長い間、打ち合いできないでしょう?」
「あ、うん、それは確かに……」
そう話している最中にロクはスピードを上げた。これは流石にネモーリの攻撃スピードより明らかに早い。午前の段階では八割は受け止められたのだが、肉体改造の結果、どのくらい向上したかの確認にちょうどいいレベルだ。厳しいけれど、なんとかついていける状況だ。やはり思った瞬間に、思った位置へ腕を動かせるのが大きい。
それと……、なんとなくなのだけれど、ロクの次の打ち込み位置がわかる気がするのである。磁力の流れがわかるというか、白っぽく、エネルギーの動きが見えるのである。白っぽいエネルギーの塊のようなものが左に流れれば、ロクが左中段に攻撃をしてくる。白いのが上に流れれば、真ん中上段の攻撃、という具合である。これが理に適ったものなのか? ただの偶然の一致なのか? そこがわかっていないので、過信するわけにはいかないのだけれど、ここまではその通りになっているのだ。
「なかなかやりますね。では、このまま七割行きます!」
さすがに文句を言う余裕もない。目で追っていては間に合わない。目線はロクの胸の辺りに固定し、エネルギー流の予測をフル活用でギリギリだ!
―― キンキンキンキンキンキン! ――
一秒間に二回の打ち合い。もう流石にムリ。というか、このスピードについていっていることの方が、我ながら驚きである。腕の疲れも相当なものだけれど、何より息ができない。とにかく、必死。
「八割!」
ロクがそう言った瞬間、
ロクの振るう刀が三方向、
左右上段と左下段、
全部が一気に来た!
スローモーションのように
刃が襲ってくるのが見える。
―― ああ、これは間に合わない ――
頭の中でそう感じた。
左下段の攻撃が
間もなく僕の太ももに到達する。
さらに四太刀目が右中段に
これからやってくるようだ。
剣を動かして、
これらの攻撃をすべて受けるのは
もう間に合わない!
ならば!
天叢雲剣にエネルギーを流し、
打ち込まれているすべての方向に、
盾をイメージしてみる。
ロクの左下段の刃と
僕の太ももの間に
滑り込ませるように、
青白くビカビカと
光る盾が形作られる。
次に右上段、
そして左上段、
さらに右中段。
次々と盾を作っていく。
―― バシン、バシン、バシン、バシンッ! ――
ロクの刀をはじき返すと、ロクはそこで攻撃を止めていた。
「防御網を使ったらダメじゃないですか」
「いや、もうあれは僕の能力を超えていたんだよ。今のスピードはさすがに追いつかないよ」
「せっかく切り刻めると思っていましたのに、興ざめです」
「あっ! やっぱりお前!」
ロクは舌を出して、そのまま逃げるように演習場を出ていく。僕は追いかけようとしたのだけれど、リモーリとネモーリが興奮して駆け寄ってきて、僕の行く道を阻んでしまった。
「タカさん、すごいです! 何があったんですか? ネモーリ、今の打ち合い、時間は?」
「スミマセン、あんなに長くなると思っていなくて、計ってはいなかったんですが、それでも優に三分以上の打ち合いです! 本当にすごかったです。もう、わたしのスピードは超えてしまいましたよ」
「そんなに大げさなもんじゃないよ。それでも、三分以上もやってたのか……。さすがミトコンドリアだな」
僕がそう言うと、後方から聞き慣れない声がした。
「なるほど、そういうことでしたか。合点がいきました」
声の主はリツネだった。
「えっ、ミトコンドリアでわかったのか?」
「いえ、それはよくわかりません」
リツネはハハハと笑う。
「ですが、恐らく肉体の改造をしたのだと」
「へぇ、さすがだな。そのとおりだよ。ミトコンドリアというのが筋繊維の中にあって、それが増えると持久力がアップするんだ。筋肉が疲れると乳酸が溜まるんだけど、その乳酸をミトコンドリアが消化してくれる。だから高いパフォーマンスを長い間、持続して発揮することができるようになるんだよ。で、今回そのミトコンドリアを少しばかり増やしてもらったという訳さ」
「なるほど。それなら、タカさん、最後の打ち合いの時、呼吸をしていませんでしたよね」
「ああ、確かに……。もう息をする余裕もなかったんだよ」
「強い武士は、余裕がない状況下でも、タイミングをみて呼吸をしています。打ち合いの最中はちょっとずつ息を吐き、引いた瞬間で息を吸います。見合っている状況のときは、呼吸の様子が悟られないように浅く呼吸しますが、吸うタイミングの時、筋肉が動かなくなりますので、いつでも止められるように注意します。間合いに余裕があるときには、深く大きな呼吸で一気に入れ替えをします。タカさんも、呼吸法をうまく取り入れれば、もっとパフォーマンスがあげられるかもしれませんよ」
「そうか、なるほど! ちょっと次から試してみるよ」
「ええぜひ。でも、呼吸法はとても難しく、繊細です。数日で習得できるようなものではありませんので、今は少しでもできればいいな、ぐらいで考えておいてください」
「ああ、わかった。ありがとう」
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