Prayer

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Prayer

「──もう、限界みたいだ」  荒れ果てたこの焼け野原の真ん中で、泣き笑いみたく眉を下げて相棒は言った。 「お前を最後まで守れたってことは、俺もまだまだ捨てたもんじゃねぇな」  顔の前にひらひらと手をかざして、彼は呑気に軽口を叩いて笑う。  数年前、この国の古い伝説にうたわれる偉大な魔法石『グリン・クォーツ』が発見されたことをきっかけに、貴族たちの欲望と思惑が入り乱れる非常に大きな戦争が勃発した。  手に入れると世界を生むことも滅ぼすことできる大きな力を手に入れることができるとあって、貴族たちが保有する兵のほか、魔法を扱える若い子供たちも多数駆り出された。  共に肩を並べた仲間がもう数え切れないほど命を落としていく中、僕たちは気の遠くなるほどただひたすらに荒野を彷徨い、目の前に現れた敵を手に掛け続け、そして。  ようやく、長い戦は終わったのだ。  ──けれど。 「やべぇな、いざとなったら何にも言葉出てこねぇ。はは、呆気なかったなぁ」  影が霞み、薄れてゆく指先を見やって彼が掠れた笑いを漏らす。 「とにかく、自分のこと責めたりすんじゃねぇぞ。⋯⋯それにこのスキルがちゃんと役に立って、俺は安心してんだぜ?」  それは、彼がずっと忌み嫌い、悩み続けてきた彼自身の固有スキルだ。  その名も、『リバイバル』。  命を落としたその瞬間から、1時間だけ術者の"存在のみ"が蘇生される。  それは自らの肉体を代償とするかわりに、周囲の想いの強さを受けて魔力や身体能力が何倍にも跳ね上がるというものだった。  そしてスキルを発動させた彼の手で、この悲惨な戦は終幕した。  ねぇ、どうして。  あまりにも、早すぎる。  覚悟はしていたつもりだったのに。 「あぁ⋯⋯そうだ、これお前に預けとく。」  彼が、僕にネックレスを差し出してきた。  それは、トップに月を象った細身のリングと、星を連想させる幾つもの小さなジュエルがあしらわれた美しいデザイン。 「これ⋯⋯、」  亡くなった、彼の姉の形見だ。 「ん、覚えてくれてたのか? これ、姉ちゃん兼俺のってことでさ。な、頼むわ」  へらりと彼が笑う。  僕は思わず、ぐっと唇を噛んだ。  なんで。  なんでそうやって、ひとりで覚悟を決めたみたいにどんどん進んでいくの。  辛いくせに、そんな余裕なんて本当はないくせに、無理して笑ったりしないでよ。 「おぉっ、めっちゃ透けてる」  手足の先からどんどん薄れ始める身体に、彼がはしゃぐような声をあげた。 「マジでそろそろ、やばいかも」  冷たい空気が僕の背筋を撫でていく。  言いたいこと、したいことは沢山あるのに、悴んだみたいに身体が動かなくて。 「んじゃまー、そろそろお別れってことで。 お前が無事でよかった。この手でお前を守れてよかった。それだけで俺は、もう未練なんてないよ。⋯⋯ばいば」 「──待って」  その先に続く言葉を察して、僕は彼の話を遮るように声を絞り出した。 「さよならだけは、言いたくない。」  これで終わりだなんて、信じたくない。 「永遠の別れなんかじゃない。僕たちはこれから、それぞれ違う道へ行くだけだ。だからこの先の未来で、またきっと、」  ねぇ、最期じゃないと言ってよ。  戻ってくると、言って。 「ッ、馬鹿ぁ⋯⋯っ、馬鹿、ばか⋯⋯」  あぁやだな、泣かないと決めていたのに。  彼が僕を見て、困ったように笑った。 「……あぁ、そうだな。俺は大馬鹿野郎だ」  彼の頬に、ひと筋、涙が伝う。  それはぱたりと落ちて、地を濡らした。 「きっと、また会おうぜ。」  強い旋風。  それに掻き消されるように、彼の身体はどんどん形を失っていく。 「っ、ねぇ、待ってよ⋯⋯! 僕まだ、君に伝えなくちゃいけないことが沢山──」 「大丈夫、ちゃんと分かってる。」  彼がこちらに両手を伸ばした。  急くように僕も手を伸ばして、つんのめりながら彼の薄れた指先を捕らえる。  腕の中いっぱいに、彼を抱きしめた。 「──あぁ、やっと来たな」 「うん。待ってた?」 「待ってたとも。⋯⋯お前は暖けぇなぁ」  よかった。  まだ微かに、彼の温もりが残っている。  愛してるなんて言葉じゃ、足りない。けれど僕たちはそれ以上の言葉を知らないから、同じ言葉を繰り返すしかない。 「ねぇ、愛してる。」 「俺もだ。俺も、お前を愛してる」  不思議だ。笑えてきた。  彼が、僕の髪を撫でながら微笑む。 「俺は幸せもんだな。こんな幸せな最期になるなんて、思ってなかったよ」  あぁ、行ってしまう。  彼の影が薄れて、どんどん風に散って⋯⋯ 「これは別れじゃない。巡る輪廻のその先で、また会おう。」  その穏やかな表情に、僕もつられて笑った。 「うん。⋯⋯絶対だよ」  両手の指を組んで、額に当てる。 「──どうか彼の行く先が、幸福に満ちたものでありますように。」  僕の固有スキルは、『幾千の祈り』。  僕のもつあらゆる魔法の属性は、戦闘時に攻撃できるものじゃなかった。  この身体を憎んだことは何度もあった。  けれど今は──……。  彼が幸せであるように、願うのだ。
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