願い星

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願い星

 この森の奥には、それは高尚な魔女さまが住んでいるのだという。  その魔女さまは何百年も何千年も時代の流れを観察し続けた見識のある凄いお方で、話によると彼女に治せない怪我はないし、治療できない病気もないらしい。  それだけ聞けばとても偉大で素晴らしいお方のように思えるけれど、その魔女さまに関してただひとつ、昔からその町の人々に強く言いつけられていることがあった。  『決して、彼女と会わないこと』。  彼女は人と顔を合わせることをひどく嫌がる上、彼女が住まうその森へ立ち入ることさえも良しとはしないのだという。そしてその言いつけを破れば最後、命の保証はないと。だからわたしたちはただ遠くからその存在を感じるだけにとどめ、決して彼女へ多くを求めてはいけないのだと大人は口を揃えて僕へ言うのだ。 「⋯⋯おかしな話だよねぇ、むしろ"せんせい"はとっても寂しがり屋なのに」  僕が笑えば、せんせいは隣で大きな翼ごと肩をすくめて小さく笑った。 「君のような人間の方がむしろ珍しいんだよ。私はこれまで積み重ねてきた知識で人々を助けることができる。けれど彼らは、私がこの姿を現した瞬間強い恐怖に支配されてしまう」  決してこちらは見ないけれど、その表情はやっぱりいつもよく見る寂しげな色のままで。 「恐怖に包まれると人間は思考力を鈍らせ、この深く暗い森の中から出られなくなってしまう。それに私だって、無為に傷つきたくはないし。だからわざと恐ろしい噂を流して、此処へ近づく人間を減らしているんだ。  ──まぁ稀に、こうして懐いてくる君のような変わり者もいるがね。」  そうしてせんせいは長く鋭い爪を不器用に逸らしつつ、あたたかい手で僕の頭を撫でてくれるのだ。こっそり見上げた先で、僕の髪に触れたせんせいの表情がふんわりとあたたかく緩むのを見て、小さく安堵の吐息がこぼれる。  僕はうれしくなって、誇らしい気持ちでついせんせいの手のひらにすり寄った。 「だってバケモノだった僕を掬い上げて"ふつうのこども"にしてくれたのは、ほかの誰でもないせんせいだもん」  どれだけいたぶってもにこにこしているどころか、数分後にはすっかり怪我を治しているバケモノ。それが、かつての僕だった。  けれどせんせいが、僕を拾って大事にしてくれたから。不器用な優しさで包み込んで、『小さなしあわせ』をたくさんくれたから。  ……生まれるべきじゃなかった僕を、5年も生かしてくれたから。  だから今度は、僕が返してあげる番なのだ。  ──僕がせんせいのそばにいられるこの短いひとときが、せんせいの長い一生でひときわ煌めく一番星になれるように。
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