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火影
──ぽう、と灯ったあかりはまるで幻のように、ゆらゆらと揺らめいて静かに辺りを照らしていた。そのささやかな熱は、しかし暗闇に慣れた瞳にはいささか強すぎたようだった。
薄い瞼が何度かぱち、ぱちと無意識に上下し、光を受けた睫毛が涙に濡れる。
……あぁ、この部屋の壁の色を久々に見た。
「ふふ、わたしのお陰ね」
隣に並んだ少女が、いつもの無邪気さでこちらへ笑いかけた。
その表情があまりに眩しくて、僕は何も言えないまま再び前方へ視線を戻す。伝えたいことはいくらでもある筈なのに、どうしても言葉が出てこなかった。
「ね、」
少女が、ついと僕の袖口を摘んで小さく囁く。
「わたしのこと、憐れんだりしないでね」
そうして微かに触れた指先には、もう温度がない。それでも表情には出すまいと歯を食いしばると、彼女が眉を下げて小さく笑った。
「おねがい。わたしのことは、忘れて。」
それは恐らく、僕を自由にしようと考えての言葉だった。
失ったものに縛られ続けるのは苦しい。それはもう、この決して大きくはない身体で何度も味わった痛みだった。
けれど、
「──……嫌、だよ」
やっとのことで口から出てきた言葉は、なんとも情けない色を帯びて震えてしまっていた。
だって、誰も僕らを覚えてなどいない。
残っているのは、この胸の中で確かに存在する大切な記憶たちだけなのだ。だから僕までそれを捨ててしまえば、、彼女が存在した証はもうどこにもなくなってしまう。
「僕だけは、おぼえてる。⋯⋯全部」
薄明かりに浮かび上がるその白い指先を、そっと握り返す。
「そっか。⋯⋯ごめんね、全部、置いていくね」
重なった視線の先で、彼女の瞳が揺れるのを初めて見た。
「うん。僕も少ししたら行くから、待ってて」
ぽたりと滴り落ちた彼女の雫が、じんわりと僕の手の甲を熱する。
ジジ、とふいに芯が焼ける音が耳を掠め、やがて室内にはもとの暗闇が戻った。
かつてこの世界には、物に命を宿すことのできる美しい魔女がいたのだという。光の届かない深い森に住んでいた魔女はある日、気まぐれで手もとの蝋燭へ祈りを込めて命を与えた。
そうして生まれた人形は、強くなくとも暖かく大層愛らしいあかりを灯したそうだ。
しかしその力を恐れた人々によって、魔女は捕らえられてしまった。
魔女の力も届かない暗くて深い場所へ閉じ込められた人形たちは、あかりを灯すことさえ叶わなくなり、やがて弱った者から消えていく。
けれど人形たちは、その瞬間皆一様にほっとした表情を見せるのだ。
それは果たして自分を生んだ魔女のもとへ還れるが故か、それとも──……消えてしまうその時にだけ、命が弾けて再びいつかの暖かな光をその身に宿せるが故か。
よく知る焦げた蝋の匂いが、暗い室内にふんわりと広がった。
そこに混じって仄かに香った花の名前は分からなかった。けれど、それは確かに彼女が存在していたことを証明していて、僕は一層彼女を忘れられなくなってしまうのだ。
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