1.〈たいへん、たいへん〉

2/14
前へ
/172ページ
次へ
☆ 「疲れてんね」 バイト仲間の中木くんが心配してくれる。大学3年生、夕方からのバイトだけ一緒になる子だ。中木くんはそのまま深夜の時間帯まで働くこともある。いいな、深夜はバイト代いいから。でも女子はダメだとオーナーに止められてしまっている。 「うーん。働きづめで、ちょっとね」 心労もある、離職から8か月、もうすぐ年末だというのに、ボーナスはないし、お金はないし、仕事は決まらないし。 「そんなに金が欲しいの? 誰かに貢いでんの?」 中木くんは笑顔でいう、んもう、と私はため息が出た。 「はあ、そんなことしてないし、むしろ貢いでほしいし」 「あはは、俺も貢いでほしい」 「もう……茶化してる場合じゃないのよ……生活費すらヤバいんだから」 つくづく代理店での収入はよかったんだな、ふたつのバイトを掛け持ちしてもそれには及ばないもん。 「貢いでくれる人はいないの?」 「いれば苦労してないよ」 「頼れる人も?」 「頼る?」 「家族とか、恋人とか」 「家族かあ」 遠い雪国に住む親兄弟を思い浮かべる、そうだ、本来なら頼っていいんだけど──。 「恋人なんて、2年もいないしなー」 仕事にかまけていたら、お前は俺より仕事なんだなっていって振られた。たまたま忙しかっただけなのに。 「えー、じゃあ俺が立候補して貢いでもいいけど、酒井さん、なにしてくれるー?」 「えー? 私ができることー?」 貢がれる人って何をしてもらってるんだろう? ホストなんかだとひたすら褒めてちぎっているような? 「あー……肩を揉む、とか?」 「それ、酒井さんがしてほしいことじゃん」 む、おばさん扱いしないでよっ。 「で、肩揉むくらいなら、乳揉ませろ」 「こらあ、セクハラで訴えますよぉ?」 「てへへっ、ご勘弁を!」 敬礼してかわいらしく舌まで出していう。 「つかさあ、貢ぐとか字面が辛いから、俺が養って上げますよ!」 「は?」 養うとは? 「あと1年とちょっと、待っててくださいよ、実際にはそこまで待たせずに迎えに行けるよ、就職決まったらいいっしょ」 1年ちょっと? ああ、大学卒業の頃か。え、卒業したら迎えにって、養うって……。 「やだ! 結婚するみたいじゃん!」 思わず突き飛ばすように中木くんの肩を叩いていた。 「みたい、じゃなくて、そのつもり」 にこ、と微笑みいう。いやいや、私と中木くんじゃ、何歳違いよー。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

161人が本棚に入れています
本棚に追加