1.〈たいへん、たいへん〉

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「いやいや、からかうのもいい加減にして! 大学生の子とそんな気分にならないよ!」 「だから、卒業したらって──」 とその時、私のスマートフォンが震える。レジの背後にある棚に置いてある画面を見ると、『ひまわり不動産』の文字が見える。私が借りているマンションの仲介業者だ。 はて、電話をくれるなんて、緊急の用事か? 点検日をすっぽかしたとか? 「ごめん」 仕事中だけれど中木くんに断ってそれを手に取り、バックヤードへ入って通話ボタンを押す。 「はい」 『はい、酒井様のお電話でよろしいでしょうか?』 若い男性の声がした。 「はい、そうです」 『ひまわり不動産の矢神(やがみ)と申します。実は今月のお家賃のお引き落としがされませんでしたので、ご連絡を』 「え!?」 それは口座からの引き落としだ、残高や引き落としがきちんとされているかなど、あまり気にしたことがなかった。 「すみません、確認不足でした!」 『いえいえ。こんなことは初めてなので、こちらも驚いています』 常習犯はいるのだろうか? 私は就職のために上京して以来ここ横浜に住んでいるが、確かに引き落としがされなかったのは初めてだ。 『来月分とまとめてにしてもよろしいですし、当店にご持参いただけるか、選んでいただけると』 「持って行きます!」 二か月分もいっぺんに引き落としだなんてちょっとショックが大きい。家賃は8万9千円、二か月分では18万に近い、それがいっぺんになくなると思うだけでぞっとした。いや、朝三暮四、払う総額は変わらないんだけど。 ──そうか。家賃って、デカいな……。広告代理店の時の給料ならば余裕で払えていた家賃だけれど、バイト生活の今では手取りの半分近くを占めていることになる。それはいかん!
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