1.〈たいへん、たいへん〉

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「こちらは家主さんも一緒にお住まいで、固定資産税やなんかの固定費の足しになれば嬉しいと、かなりお安く貸し出しをしているんです、なんと3万円です!」 「なんと!」 なんて魅力的な値段なんだろう! 「水道高熱費も含んだ額なので、本当に掘り出し物で、敷金とか礼金も要らないといっていて。ちょっと話をしてみますか?」 「はい! 是非!」 早速固定電話の受話器を持ち上げ、電話をする。しかし何度かコールしても出る気配はなく、留守番電話に切り替わった。 「ひまわり不動産の矢神です。内覧希望のお客様がいらっしゃいます。またお電話を差し上げます、失礼いたします」 いって矢神さんは受話器を置いた。 「お留守のようですね、在宅で働いていらっしゃる方なんですが」 「あの、外観だけでも見ることってできますか?」 3万で借りられる部屋がどんなものなのか、興味があってしかるべきでしょう。 「構いませんよ、ご案内しましょう」 矢神さんは笑顔でいって鍵の束を手にした。ひとつは車、ひとつはお店のだ。どうやら他に店員がいないらしく、店には『お客様をご案内中です。御用の方はこちらへご連絡を』と携帯の電話番号が書かれた札を下げて施錠した。 車では5分ほど、なんと私のマンションの近くの方まで戻ってきた。そのまままっすぐ行けばバイト先であるコンビニも、今住むマンションもある交差点を右折し、さらに右左折を繰り返して着いた先は、国道に面した場所に建つ、立派な庭のある二階建ての戸建てだった。
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