ナナフシとカメレオン

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 下唇に小指の爪をたて、僕はその微かな痛みで緊張をほぐしていた。大学の演劇サークルに入部して一年。ついに僕はキャストに抜擢されたのだ。  セリフはもちろん、他のキャストとの間や細かな目線さえ間違えることは許されない。新入生勧誘の公演とはいえ、立派な一本の芝居だ。舞台監督や演出、さらには主演の先輩たちの目が光る。  僕の役には名前がない。主人公の友人の一人である。物語は大学に入学した新入生がいろいろな部活に勧誘されつつ、自分の道を見つけるコメディタッチの青春ストーリーだ。  舞台が暗転し、僕の出番がくる。いよいよだ。間違えることは許されない。満員に近い小さな劇場のなか、僕は舞台のうえへ飛び込んでいった――。 ☆☆☆ 「桂先輩の演技。本当に魅了されました」  それから1か月、ジュースを囲んだ新入生歓迎会で一年生の女の子がそう言った。桂先輩、すなわち桂ゆかなは僕らの学年のエースで、ヒロイン役を務めた女子学生だ。  太い眉にきりっとした顔立ち、美人かどうかは分からないが、演劇向きの顔をしている。高校時代から演劇をやっていたらしく、その演技はプロ級だ。
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