お祝いと友人からの相談

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 それから一ヶ月後のことだった。  世間では台風がくるやらこないやらが話題になり、ちょうど温帯低気圧に変わって関東地方直撃は免れた、というニュースが流れた頃。    その朗報は齎された。  「生まれた?」  「うん、今朝」  いつもパリッとしている梓が珍しく草臥れた様子を見せていた。だからどうしたんだろうと思えば朝から彼は人生の一大イベントに立ち会ってきたという。  「もう、子供はいい」  だが、梓の口から飛び出た言葉はなんとも残念な言葉だった。いったいどういうことかと首を傾げれば梓は大きな溜息を吐く。  「一瞬だけど、玲が心肺停止状態になった。出血が止まらなくて、あの音が頭から離れない」  まじ、勘弁してくれ。  梓は項垂れた。  彼にとって、愛する女性を失ってまで子どもを産むことは反対だったんだろう。  ましてや、梓の母親も体が弱く、出産は難しいと言われていたのに梓を産んだ。    ずっと疑問だったはずだ。  自分の命を削ってまでどうして子をつくった、と。兄だけでよかったじゃないか、と。  大昔に酔って感情的になった梓が一度だけ吐き出したことがある。  「……そっか」  「うん。とりあえず、持ち堪えてくれたし、本人は目を覚まして何があったか覚えてないみたいだったけど」    梓は両手で顔を覆い、また大きな溜息を吐き出した。全てに置いて基本ドライな梓をここまで悩ませるのはさすが玲ちゃん、というか。  「……雅も気をつけろよ」  「何が」  「子どものこと。高齢出産になるとリスクが高くなるっていうだろ?」  「まあ、それは。でも産んでみないとわからないし」  「玲の前では言えないけど、こんな思いするならつくらなきゃよかった、と思った。時間が経つにつれて感謝できるのかもしれないけど」  小さな命がすくすく育つその様子を見ればきっと実感が湧いてくるはず。  梓は常に玲ちゃんが軸で、彼女の負担になることなんてあり得ないって思ってるから。  「男はやっぱり実感しにくいからね」  「あぁ。玲が頑張ってくれたのに不甲斐ない」  「仕方ないさ。偽ってもしょうがないし」  高齢出産のリスクは俺も綾乃も理解していた。  それでも、お互いがその話を避けている。  「きっと元気な子どもが生まれるよ」と。  綾乃のことだから、なんなく産むだろうとも心のどこかで思っていた。  だけど、梓の話を聞いて少しだけ怖くなった。  出産で命を落とす人もいる。後遺症が残ったりすることもあるらしい。  結論から言うと、心配は不用だった。  綾乃は超安産で、分娩室に入って30分もかからずにスルンと産んだ。この時の俺に教えてあげたい、と思ったのはまだまだずっと先のこと。    俺は玲ちゃんと梓にそっくりだという子ども達に会いに翌日、凌と二人病院に向かった。    
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