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「……ちっちゃい九条くんがいる」
その数日後。玲ちゃんがそろそろ退院すると聞き、終業後に綾乃と2人で病室を訪ねた。
あらかじめ玲ちゃんにはアポはとっており、病室には既に梓もいて、俺たちを出迎えてくれた。
「いや、この子達も九条だから」
「そっか、そうね」
「うん」
綾乃のちょっと天然な発言に俺と梓は肩をすくめていると、気を利かせてくれた玲ちゃんが飲み物を出そうとしてくれる。
「玲、いいから」
「でも」
「俺が出すよ」
梓は病室の冷蔵庫から小さなサイズのペットボトルのお茶を取り出すと、俺と綾乃に差し出した。「どうも」と受け取りながら勧められた椅子に腰を下ろす。
「そうだ、これ」
「わざわざ悪いな」
「いいって」
昨日、綾乃と終業後に祝いの品を買いに行った。何にしようか散々悩んだが、結局色違いのスタイを複数とこちらも色違いで可愛いくまの柄のついたロングパンツを選んだ。
「ありがとうございます。さっそく使います」
「どうぞどうぞ」
「つぅ、たま〜。可愛いスタイ頂いたよー」
玲ちゃんがナチュラルに子供の名前を呼んでハッと気がついた。
「名前決まったんだ?」
「あぁ。長男が椿、次男が環」
「双子っぽい」
「漢字は一文字?」
「あぁ。椿は花のツバキから、環は環七の環」
「へぇ」
「どうして椿と環?他に候補はあったの?」
綾乃の質問に九条夫妻は顔を見合わせる。
そして。
「実を言うと、片方は王編、片方は木編の漢字を使おうって決めてたんだ」
「なるほど。玲ちゃんと梓の漢字ね」
「そうなんです。もちろん顔を見てどうしようかって決めるつもりだったんですけど」
「俺は結構早い段階で“環”か“瑞”に決めてた。男でも女でも使えるし。もちろんどちらも違えばそれはそれで考えようと思ってたんだけどな」
「私は女の子なら“梢”か“椛”、男の子なら“椿“か“楓”かなって考えてたんですけど、双子だし韻を揃える方がいいかなって」
もちろん二人の感じにはそれぞれ意味がある。
椿の木はしっかりと根を張りどっしりと太い幹に成長する。葉には光沢があり、やがて咲く花も紅白と縁起の良い色だ。そして、その木は長寿の木として古くから重用されていた。
環には『宝物』、そして人と人との繋がりや巡りという意味がある。生きていく上で必ず必要となる縁。この子が繋がっていく縁がどうか良いものであるように、そして誰かの人生に巡りを与えてあげられるように、と願ったのだという。
「沢山意味はあるんですけど、二人とも健康ですくすく育ってくれればいいんです。どちらも私たちとってかけがえのない宝物ですし。できればだれかに愛されるように、その愛を与えられる人になってほしい、というのはちょっとした希望です」
玲ちゃんは苦笑しながら目を覚ましてきょときょとしていた椿を抱き上げた。
「つーたん、おっきした?したの。よいしょ。そしたら木下さんにこんばんは、しよっか」
この間会ったばかりなのに、数日会わなかっただけで顔つきが違うように見えた。
「1号、じゃないや。椿。よろしくな」
黒目ばかりの目をきょとりと動かした彼は、きっと言葉を理解していないだろうに「ぁうあー」と絶妙なタイミングで声をあげる。
「椿くん、ちゃんとわかるの?えらいねえ」
綾乃の声がとろりととろけている。
俺の腕に抱く椿を眦を下げて見つめていた。
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